死神のアルバイトを通して生と死、そして人の想いを瑞々しく描く映画『時給三〇〇円の死神』。物語の中でひときわ胸に迫る重要なパートを担ったのが、実力派俳優・佐津川愛美だ。彼女が演じた広岡加奈の胸中にあった切実な願いとは何だったのか。全幅の信頼を寄せる若き気鋭・酒井麻衣監督との濃密なクリエイティブや、共演陣との静謐なセッションについて、作品の奥底に流れる豊かな余白とともに真摯に語った。
■「可哀想」の奥にある、人間らしい渇望
佐津川が演じた広岡加奈は、出産で命を落としてしまうという過酷な運命を背負う母親だ。文字通りの悲劇に括られがちな輪郭の奥に、佐津川は台本をめくった瞬間から強く惹きつけられていた。
「台本を最初に読んだときは、一見すると可哀想な設定に思えましたが、当の本人は決して自分を悲劇のヒロインだとは思っていないのだろうと感じました」
他者からの同情を拒むかのように、一人の女性として生を全うしようとする泥臭い衝動。そこにこそ、佐津川は加奈という女性を演じる確かな手応えを見出したという。
「子どもを産んだことへの後悔を口にはしていても、その根底にあるのは『誰かに愛されたかった、必要とされたかった』という切実な想いなんですよね。その渇望に行き着くところがとても人間らしくて魅力的でした。設定自体は過酷ですが、単に『可哀想な女性』で終わっていないところに彼女の人間としての美しさを感じたんです」
身に降りかかる理不尽を受け止め、懸命に命を繋いできた日々の果て。クライマックスで迎える結末に、佐津川は温かな祈りを重ねる。
「我が子に対して非常に強い感情を抱いている女性ですが、それは母親としての母性だけでなく、彼女自身が愛されたい、誰かに必要とされたいと願い続けてきた証でもあります。そうした胸の内にある複雑で純粋な想いを大切に抱き締めながら、加奈という女性を演じさせていただきました」
■演出とは、指示ではなく「空気作り」
佐津川が演じた加奈のパートは、作品のなかでも特にエモーショナルだ。張り詰めた感情が交錯するテイクを重ねる中で、現場を力強く牽引したのは若き俊英・酒井麻衣監督だった。かつて交わした約束を果たし、念願の酒井組への合流となった佐津川の胸には、特別な感慨が去来していた。
「酒井監督とは以前から面識があり、私の舞台を観に来てくださるなど、親交が続いていたんです。だからこそ、今回『ようやく念願の酒井組に参加できる』という大きな喜びがありました」
酒井監督は、佐津川よりも年下だ。しかし年齢差など意に介さず、舵を取る監督の姿は頼もしさに満ちあふれていた。
「とても芯が通っていて、俳優部だけでなくすべての部署に対して非常に的確な指示を出される、本当にかっこいい監督です。今回は感情を大きく揺さぶられるシーンもありましたが、細かい動きを指定するのではなく、こちらが自然とお芝居に没頭できるような現場の空気を作って導いてくださいました」
■衣装合わせから始まった絶対的な信頼
俳優の感情を極限まで引き出しながらも、撮影はよどみなく進んだ。泣きの芝居もテイクを重ねることなく、研ぎ澄まされた集中力の中で結実していく。その背後にあったのは、大船に乗ったかのような圧倒的な安心感だった。
「酒井組を経験して改めて実感したのは、『演出とは空気を作ることなのだ』ということでした。『ここで立って、ここで泣いて』といった細部の指示ではなく、もっと大きな視点でお芝居しやすい環境へ導いてくださる。まるで安心して大きな船に乗せてもらっているような感覚でした」
その信頼関係の萌芽は、撮影前の準備期間からすでに芽生えていたという。
「衣装合わせの段階から、監督の思い描くビジョンが非常に明確でした。私は衣装合わせに徹底してこだわる監督に強い信頼感を抱くのですが、今回も本当にじっくりと時間をかけて選んでくださって。全体のテイストだけでなく、『スカートの丈はこの長さではない』『カーディガンはこっちの方向性がいい』と、ミリ単位で役の佇まいを探ってくださいました」
細部への徹底したこだわりを目の当たりにした瞬間、佐津川の心は完全に射抜かれていた。
「参加できる喜びから現場に入る前の期待値も高かったのですが、監督の頼もしさや演出の的確さは、その期待を遥かに超えていました。ここまで深く芝居に向き合ってくださる姿に、すっかり惚れ込んでしまいました(笑)」
■肩肘張らない2人と共鳴した時間
静かな緊張感が漂う重要な局面で対峙したのは、ダブル主演を務める西畑大吾と福本莉子。若い2人が見せた佇まいは、現場の空気をより豊かなものへと昇華させていった。
「お二人とも非常に落ち着いていらっしゃって、若さを感じさせないほどでした(笑)。今回はとてもセンシティブなシーンでの共演でしたが、地に足のついた飾らない佇まいにとても助けられました。肩肘を張らずに自然体で向き合ってくださるお二人だったからこそ、無理のない良い空気感でお芝居ができたのだと思います」
単なる悲劇の枠組みにとどまらず、人間の生々しい渇望や愛されたいという本音をすくい上げた佐津川愛美。全幅の信頼で結ばれた酒井監督の丁寧な導きと、共演陣との飾らない呼応によって立ち現れたその姿は、観る者の心に豊かな余白と温かな救いをもたらす。悲哀の奥にある確かな生の鼓動をスクリーンに刻みつけた佐津川の熱演は、本作が描き出す『生と死、そして願い』の物語を、ひときわ美しく、エモーショナルに輝かせている。
映画『時給三〇〇円の死神』は10月2日より全国ロードショー