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芥川賞作家の衝撃作で主演 映画人に愛される蒔田彩珠がスクリーンに焼き付けたもの 「カメラの前でお芝居している時が一番好きです」

磯部 正和 磯部 正和

芥川賞作家・村田沙耶香の衝撃作を原作とする映画『消滅世界』。人工授精による出産が常識となり、夫婦間の性行為が禁忌とされた世界で、その禁忌から生まれた少女・雨音を演じた蒔田彩珠。常識が反転した異質な世界の片隅で、どう呼吸し、何を信じたのか。その静かな瞳の奥に宿る、役と映画への確かな思いに迫る。

経験の外側にある「普通」を生きる

常識が反転した鏡写しの世界。村田沙耶香が紡いだ物語の扉を開けたとき、蒔田の心に宿ったのは恐怖よりも好奇心だった。文字の羅列がスクリーン上でどんな色彩を放つのか。答えのない問いを胸に、この役を引き受ける覚悟を決めたときの心境を、静かに語り始める。

「映像になった時にこれがどうなるんだろうっていうのは最初に思いました。結末も、はっきりとした結末ではないので、これがどういうふうに完成するんだろうっていうのは非常に興味がありました。また、雨音という役を自分が演じたらどんな感じになるのかなという思いが強く、ぜひやってみたいと思いました」

自分の中に答えを探すのではなく、他者との関係性の中に役を見出そうとした。頭で理解しようとせず、撮影現場の空気に全身を委ねる。そのアプローチは、経験則だけでは辿り着けない領域へと、蒔田を導いていく。

「今回はもう本当に、現場が始まってから、栁俊太郎さんをはじめ、対峙する方たちと作り上げるのが一番いいかなって。自分の経験したことがない役柄だったので、現場に入って、栁さんや川村誠監督と話し合いというか、テンションを合わせながらやりました」

少女から大人へ。流れる時の中で、雨音の心は少しずつその色を変えていく。内面の移ろいを観る者の目に焼き付けたのは、外見の微細な変化だった。特に、ある場所で纏う衣服の色には、特別な意味が込められていた。

「エデンに入ってからの衣装はすごく大事にしていました。最初は黒い服で行くのですが、だんだんグレーになって、最終的にはもう真っ白になるっていう。そこの衣装の変化は楽しかったですね」

 揺らぎのなかで掴んだ、存在の核

この世界の常識に順応しようとするほど、自分という存在が希薄になっていく。雨音という少女は、果たして強いのか、弱いのか――。単純な二元論では測れない複雑な魂について、蒔田自身も答えを探し続けているようだった。

「強いなって最初は思っていたのですが、でも意外と周りの普通と自分の普通を合わせにいく。自分は(対峙する)母とは違うんだと、ずっと言い聞かせるような。自分の好きを貫く強さが揺らいでいたりもするので、なかなか一言では言えないですね」

少女の心をかき乱す最大の要因は、最も身近な存在だった。自分とは違う世界の価値観を囁き続ける母。その呪縛から逃れようともがけばもがくほど、見えない鎖が身体に食い込んでくる。雨音という人間の根幹を成す、その巨大な矛盾と向き合った日々を振り返る。

「母の存在が一番雨音を惑わしていたのかなって。母が、私たちというか観ている方と同じ感覚の常識で、そういう母を持ったからこそ、自分は違うんだと抗うけれど、やっぱりどこかその母の教えというか、考えが根本にあるんだなと思いました。そこの葛藤を表現するのがすごく難しかったです」

抑えつけてきた感情が、ついに堰を切る。物語のクライマックス、母と対峙する場面で、予期せぬ感覚が蒔田を襲った。普段の自分ではありえないほどの動揺。それは、役と自身との境界線が、一瞬溶けて消えた証だったのかもしれない。

「私は普段、あまり緊張しないのですが、あのシーンはすごく緊張して。今まで雨音が感情を表に出すことがなくて。やっぱりその狂気じみた感じ、詰め寄る感じが、今までは母に押される側だったのが逆転して。怖いシーンでした」

 映画の現場でこそ、呼吸ができる

多くのフィルムメーカーたちが、その静かな佇まいの奥にある、蒔田の表現の深度に魅せられる。寄せられる大きな期待を、重圧ではなく推進力に変えるしなやかさ。中でも、スクリーンという大きなキャンバスに向かう時間は、蒔田にとって特別な意味を持つ。

「ドラマの方がプレッシャーはあります。映画は好きで見てくれる人が多い中で、ドラマはテレビをつけるだけで見られてしまうので、いろんな人に見られると思うと余計に不安が大きいです。映画、やりたいですね、久しぶりに。楽しいです、映画の現場は」

カメラを止めないという選択は、俳優の魂を剥き出しにする。途切れることのない空間で、共演者と交わす視線、触れる指先、そして沈黙。そこから生まれる生々しい感情の交錯は、何よりも尊いものだった。

「ワンカットとか長回しで撮ることが多かったので、そこの撮り方はすごくありがたかったです。緊張もしますけど、いいシーンがいっぱい撮れたなと思います。どんなお芝居をしても受け止めてくれるんだろうなと思いながらお芝居していました」

何よりも愛おしいのは、カメラが回り、役として息をする、その一瞬一瞬だ。正解のない問いに向かって、ただひたすらに心を研ぎ澄ませていく。完成した作品を観客として見届けるのとはまた違う、創造の只中にいる喜びが、その言葉には満ちていた。

「映画だったら、カメラの前でお芝居している時が一番好きです。心に余裕を持ってお芝居できるので。演じていてもどんな風になるのか全く想像できなかったので、見てやっと本当に理解できたというか、完成したものを見て納得できた感じがありました」

異質な世界の片隅で、蒔田彩珠は孤独な魂の呼吸をスクリーンに焼き付けた。常識とは何か――その答えのない問いを携え挑んだ本作。反面、「映画は楽しい」という言葉が強く刻まれているような渾身作。悩みを凌駕する喜びを持って演じた雨音から目が離せない。 

【蒔田彩珠プロフィル】
まきた・あじゅ 生年月日2002年8月7日 神奈川県出身 身長158cm 趣味は映画、ドラマ鑑賞、ギター、バイク NHK 連続テレビ小説 『おかえりモネ』『妻、小学生になる』『御上先生』『DOCTOR PRICE』映画 『朝が来る』『星の子』『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』『海よりもまだ深く』『三度目の殺人』『万引き家族』など出演多数。など出演多数。

ヘアメイク:上野知香
スタイリスト:小蔵昌子

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