フグで会社を辞めました。
9月4日公開の『GUN FISH あなたの知らないフグの世界』は、猛毒魚フグを試行錯誤の末に食べ続けている日本独自の食文化とフグの抗えぬ不思議な魅力に迫ったドキュメンタリーだ。
これが監督デビュー作となる宇野航は、本作を完成させるべく会社を退社。私財を投げうって身も心もフグに捧げた。
天皇陛下はフグを召し上がらない?
死に至らしめる猛毒を持つことから輸入を禁止する国がある一方で、先人たちが“どう食べるのか”を追求した結果生まれた日本独自のフグ食文化。宇野監督は10年に渡る歳月をかけてドキュメンタリー映画の完成にこぎつけた。
「曽祖父がフグ毒に当たった際、生きたまま竹藪に埋められた」
きっかけは友人から聞いた珍妙な民間療法エピソードだ。
宇野監督はふと思った。そもそも猛毒を持つ魚をなぜ我々は食べるのか?と。
ググるといろいろと出てきた。
「天皇陛下はフグを召し上がらない」「海外ではフグを食べる日本人はクレイジーだと思われている」などなど。真偽不明のフグにまつわるエピソードが。
それらは普通の食材では決してありえない妙なネタばかり。これはドキュメンタリーの恰好の素材になる。そんな直感があった。
毒がなければフグじゃない!?
当初は「フグ面白ネタ」を集めていくつもりだった。だがフグに関わる専門家に話を聞いていくうちに、フグに魅力された人たちの情熱に心をつかまれていく。
「全国ふぐ連盟の方々、仲買業の方、ミシュランシェフ、フグ毒研究科、東京都ふぐ調理師免許試験に挑む方、フグ肝解禁派、フグ肝を提供して逮捕された方…。フグへの愛と情熱に驚かされました。毒を持つ危険な魚だからこそ挑む。そこに面白味と生きがいを感じているような方々ばかりでした」
フグは日本を含む世界8か国程度で食されているそうだが、調理免許制度が厳格に確立され、食文化として根付いているのは日本だけで、フグ研究も日本が最先端だと言われている。
「日本ではフグに関する情報は毎年のように刷新され、研究者に取材すればするほど知らない事や新たな発見がありました。これは昔からフグを食べていた日本独自の食文化のたまもので、フグを安全に食べたいから研究する、というシンプルな理由で発展していきました」
研究の成果もあり、無毒化フグの養殖も成功している。しかしフグに魅了された人々の多くがこう言う。「毒がなければフグじゃないよね」と。
「あれには笑いました。究極のところそう言うわけです。確かにフグに毒がなくなったら他の魚と変わらず、ドキュメンタリーの題材にすらならない。フグの魅力はやはり毒にある。魅力であり魔力。それこそがフグの持つ面白さの原点で、皆さんそこに憑りつかれている」
一念発起フグ退社
かくいう宇野監督も憑りつかれた一人だ。映像製作会社に勤務しながら空いた時間で本作の撮影をしていたが、フグに本腰を入れるべく2022年に一念発起。会社を辞めた。
「将来に対する不安以上にあったのは、この映画が未完のままで終わってしまう恐怖。撮影から気づいたら8年くらい経ってしまい、“やるやる詐欺”なんて声もありました。このままダラダラやっていたら取材に協力してくれた方々に顔向けができない。映像作家としての自分の人生を変える名刺代わりになるような企画としてスタートさせたわけですから。何が何でも完成させたかった」
そんな覚悟の籠った『GUN FISH あなたの知らないフグの世界』は、宇野監督にとって「生きた証」になったという。
「公開してすぐに忘れ去られるのではなく、映画業界にフグ毒のような強烈な痺れをもたらしたい」と意気込みながら「小さなフグ一匹から広がるユニバースは凄まじいです。しかも海外で漁獲されるフグは日本とは種類が違うので、有毒部分がわからない。国によって食文化も違うわけですから、そこを掘っていくとまた新しい切り口のフグドキュメンタリーが作れそうです」
これからもフグを追い続けていきそうな勢いだ。