地方都市で暮らす56歳の田村さん(仮名)は、スーパーでパートとして働いています。夫は58歳の会社員で、2年後に定年を迎えます。長女はすでに結婚して家を出ており、現在は夫婦2人の生活です。
田村さんは25歳で結婚してから約10年間を専業主婦として過ごし、その後は夫の扶養の範囲内でパート勤務を続けてきました。会話のない夫婦関係に長年悩んできた田村さんは、夫が一日中家にいる定年後の生活を想像すると気持ちが沈み、熟年離婚を考えるようになりました。「離婚すれば夫の年金を半分もらえると聞いたけれど、本当に暮らしていけるのだろうか」と不安になった田村さんは、男女共同参画センターの相談窓口を訪れました。
年金分割は熟年離婚を考えるうえで大切な制度ですが、分割だけで離婚後の生活が安定するとはかぎりません。離婚前に確認したい年金分割の仕組みと、生活費の見通しについて見ていきましょう。
「夫の年金の半分」ではない…年金分割の対象と限界
年金分割は、婚姻期間中の厚生年金記録を夫婦で分け合い、分割を受けた側の将来の年金額に反映させる制度です。注意したいのは、分割の対象になるのは、厚生年金の報酬比例部分だけであるという点です。国民年金にあたる老齢基礎年金のほか、企業年金、iDeCoと呼ばれる個人型確定拠出年金は対象になりません。夫が自営業で国民年金のみに加入してきた場合は、分割はできません。
田村さんのように、夫の扶養に入っていた「第3号被保険者」にあたる人の場合は、「3号分割」という仕組みが使える可能性があります。2008年4月以降に第3号被保険者だった期間がある場合、その期間分については相手の合意がなくても年金分割を請求することができます。
また、「合意分割」という制度も、同時に使うことができます。「3号分割」の適用されない2008年3月以前の婚姻期間を含めて、夫婦の合意または裁判手続きで割合を決めます。
なお、年金分割の請求期限は、2026年3月31日以前に離婚した場合には、離婚した日の翌日から起算して2年以内でしたが、離婚時の年金分割の請求期限が改正され、2026年4月1日以降に離婚した場合は、離婚した日の翌日から起算して5年以内となりました。
熟年離婚を前に、考えておくべきこと
厚生労働省の2024年度の統計によると、離婚分割を受けた側の年金月額は平均で約3万3000円増え、分割後の平均額は月9万4509円でした。年金額が増えるとはいえ、この金額だけで住居費や食費をまかなうのは難しい場合があります。
田村さんは、男女共同参画センターの相談窓口で助言を受け、住まい、収入、医療・介護費の3つに分けて確認することにしました。
◆住まいの問題
離婚後にどこで暮らすかは、今後の生活費に大きく影響します。たとえば賃貸住宅に移る場合、家賃を月額で見積もりつつ、敷金や引越し費用なども見込んでおくのが妥当です。
一方、持ち家に住み続ける場合、固定資産税や修繕費を年額で確認します。持ち家や預貯金の財産分与と、年金分割は別個の手続きです。特に不動産は売却・住み続ける・現物分割など判断が難しいため、離婚の合意に至る前に、不動産の実勢価格やローン残高を整理した上で、弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。
◆収入の問題
年金分割後の年金だけで生活費をまかなうのが難しい場合、就労で収入を補うことを検討します。田村さんのようにパートで働いている場合、離婚後に勤務時間を延ばして、厚生年金に加入すれば、将来受け取る年金額を底上げすることができます。
◆医療・介護費の備え
離婚して夫の扶養から外れると、自分で国民健康保険などに加入し、保険料を納めるようにしないといけません。保険料は前年の所得や、住む自治体によって異なります。年齢を重ねると医療機関にかかる回数が増えやすく、医療費の自己負担も増える可能性があるため、注意が必要です。
また、将来的に介護保険のサービスを利用する場合は、原則として費用の1~3割を自己負担します。所得が一定以下の場合、保険料や自己負担が軽減される仕組みもあるため、加入手続きの際に市区町村の国民健康や介護保険の担当窓口で確認しておくと安心です。
年金については、年金事務所に年金分割のための情報通知書を請求すると、分割の対象となる期間や記録を確認できます。50歳以上であれば、分割した場合の年金見込額の試算も依頼できます。ねんきん定期便やねんきんネットと併せて、自分が受け取る年金額を、具体的な数字で把握することが生活設計の第一歩です。
今後の生活設計のために
田村さんは情報通知書と見込額の試算を取り寄せ、住まい、収入、医療・介護費の見通しと併せて、離婚後の家計を具体的な数字で確認できるようになりました。結論を急ぐのではなく、パートの勤務時間を少しだけ増やして、準備を進めています。田村さんは、「漠然とした不安が確認すべきことのリストに変わった」と明るく話しています。
熟年離婚を考え始めたら、まず年金事務所で自分の年金額を確認したうえで、市区町村の女性相談窓口や、離婚問題を扱う弁護士に相談してみてください。決断する場合もしない場合も、準備に早すぎるということはありません。
【出典】
日本年金機構「離婚時の年金分割」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/kyotsu/rikon/20140421-04.html
日本年金機構「離婚時の年金分割の請求期限が改正されました」
https://www.nenkin.go.jp/tokusetsu/rikonbunkatsukaisei.html
厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000106808_1.html
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。