中堅企業に勤める20代のAさんは、友人との飲み会の帰り道、ほろ酔い気分で細い路地を歩いていました。ふと目に留まったのは、壁の一部が剥がれ落ち、庭木も伸び放題になった古い空き家でした。
これを見たAさんは「どうせ壊す家だし、何か落書きしてみたいな」と軽く考えます。そして胸ポケットに差していた油性ペンで、白っぽい壁に大きく自分の名前や模様を書いてしまいました。
それから数日後、家の壁に落書きをしたことをすっかり忘れていたAさんのもとに、警察から1本の電話が入ります。空き家の管理会社が被害届を提出しており、付近の防犯カメラの映像からAさんが特定されたのです。
警察に出向いたAさんは「悪気はなかった」「すぐに消せばいいんでしょう?」と弁解しましたが、管理会社は「悪質な行為なので刑事罰と損害賠償を請求します」と厳しい姿勢を崩しません。
持ち主がいないと思った空き家への落書きは、法的にどのような罪に問われるのでしょうか。まこと法律事務所の北村真一さんに聞きました。
「壊す予定」でも器物損壊罪は成立する
ー空き家への落書きは、法的にどのような罪に問われますか?
他人の所有物に落書きをする行為は、刑法261条の「器物損壊罪」に該当します。3年以下の懲役または30万円以下の罰金、もしくは科料が科される可能性があります。
「どうせ壊すだろう」「ボロボロだから価値がない」といった勝手な判断は通用しません。実際に、岡山県津山市では空き家のシャッターに落書きをしたとして男が逮捕された事例もあります。
落書きであってもその物の効用を害したとみなされれば、警察が動き逮捕に至るケースは十分にあり得ることなのです。
ー「酔っていて覚えていない」という状況は、減刑の理由になりますか?
自ら進んでお酒を飲み、酔った上での犯行であれば、責任能力が否定されることはまずありません。
「覚えていない」というのは本人の主観に過ぎず、客観的に「壁に文字を書く」という意思を持って行動している以上、犯罪が成立します。むしろ反省の色がないとみなされれば、示談交渉において不利に働くことさえあります。
ー指摘を受けた後に自力で消せば、逮捕や処罰を免れることは可能ですか?
1度成立してしまった犯罪が、後から消去することで「なかったこと」にはなりません。きれいに消せたとしても、その過程で壁を傷つけたり、色が完全に元に戻らなかったりすれば、損壊の事実は残ります。
最も重要なのは、被害者である管理会社や所有者との「示談」です。被害届を取り下げてもらうためには、誠心誠意の謝罪と、相手が納得する額の損害賠償を支払う必要があります。
ー空き家だと、修繕費は安く済むということはありますか?
そんなことはありません。一部の落書きであっても、壁の材質によっては一部分だけの補修が難しく、全面塗り替えが必要になることがあります。その場合、請求額は数十万円から、建物の規模によっては100万円を超えることも珍しくありません。
「軽い気持ち」で手にしたペン1本が、これまでのキャリアや貯金を一瞬で奪い去るリスクがあるということを、決して忘れないようにしてください。
◆北村真一(きたむら・しんいち) 弁護士
「きたべん」の愛称で大阪府茨木市で知らない人がいないという声もあがる大人気ローカル弁護士。猫探しからM&Aまで幅広く取り扱う。