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被災しながらも、地域のために続けた営業……2年経ってようやく改装へ ホームセンターの報告に「応援しています」「戻ってきてください」【前編】

谷町 邦子 谷町 邦子

「改装工事がついに決まりました」

令和6年能登半島地震から2年。今年春、能登に展開する「ホームセンター ロッキー」の「志賀の郷店」の工事開始をInstagramにて動画で伝えました。すると投稿の視聴回数が1万8000回を超え、応援のコメントも続々。被災しながら営業した2年間について聞きました。

動画では震災から2年後の今、被災直後と現在の様子とともに、オープンから22年の「志賀の郷店」の改装工事が決まり、DIY、園芸用品、自転車、工具などホームセンター商品が売られていたコーナーの解体工事が始まったことを発信しています。

「ロッキー」は能登半島の中ほどに位置する、七尾市、志賀町、中能登町、羽咋市に全6店舗あるローカルなホームセンターです。「志賀の郷店」では、野菜や肉、魚、総菜といった多彩な食品も扱っていました。

立地していた志賀町は最大震度7の揺れ。商品棚が倒れ、天井が剥がれ落ちる、壁や床のひび割れなど、店舗には多数の被害がありました。それにも関わらず、営業し続けたとあって周辺住民にとっては貴重な存在でした。

「地域のために生まれ変わる」と宣言する動画にコメント欄には、

・応援しています

・ロッキーさん、なくてはならないお店です 楽しみにしています 

・ピカピカのすてきなお店になって戻って来て下さい!

・オープンが待ち遠しい。よく、スイカを買いにいきました

などの声が寄せられていました。

発災直後から、次第に復旧が進むなかでの様子について、社長の谷内博之さんに話を聞きました。

地震で店内はぐちゃぐちゃに 「来れる人だけで」

たくさんの人に動画が視聴されていたことについて、驚いたという谷内さん。「地震に関係することを投稿したら『またか』と思われるんじゃないかと……」といった思いもあったそう。改めて、当日のことを振り返ってくれました。

「地震があった翌朝、店に行ってみたんですけどぐちゃぐちゃやったんですね。これはだめだなと。3日が初売りだったんですよ」

志賀の郷店では、建物への被害のほか、お酒など瓶に入った飲料、ガラス・陶器製の食器が棚から落ちて割れ、シャンプーのヘッド部分が折れるなど商品にも被害が。従業員も被災しているため、「3日の朝に来れる人だけでちょっとずつ片付けよう」と声をかけました。

「80人いた従業員のうち9割くらい来てくれたんですよ。食品売り場の冷蔵庫は生きていたので食品は片づけようと。地元の人は食材に困っとられるだろうから食品売り場から開けようって。その日の午後に営業できました」

しかし、食品売り場以外はまだ荒れた状態。

「危ないから入らないでくださいと。従業員がほしいものを聞いて店内に取りに行っていました」

その後、店内を売り場ごとに区切って順番を決め、来られるスタッフが毎日少しずつ片づけながら営業。他のロッキーの店舗でも同じ方法がとられました。

「要望の多い商品はいちいち取りに行くと大変だから、入り口近くにスペースを設けて商品を集めて特設コーナーを作りました」

断水のためお客さんは仮設トイレを使い、従業員は近隣の人からもらった井戸水をバケツやポリタンクでトイレタンクに入れて使用しました。

従業員に加えて、ボランティアも店内の片づけに協力。「うちの従業員がついて、散らばった商品を拾ってコンテナに入れて、商品を入れていた棚を立て直したりしてもらいました」

また、地震により店舗の前面(出入り口がある方)が傾いていました。

「高齢の方がショッピングカートで買い物してる時に転んだり、カートが転がっていったりするので、マットを敷いたり手すりをつけたりしました。斜めになって危険なところは閉鎖したので、売り場面積は縮小しました」

「最初は食品、次はティッシュやシャンプーなど……」

店舗はお客さんから要望の多い商品の売り場から順に復旧。

「食品、次はティッシュやシャンプーなどの日用消耗品。水が出なかったからドライシャンプーが売れたね。

トイレが復旧しないうちは、井戸水や川の水を汲んで入れるポリタンク。その後はペットシートやフードなどペット商品、ペットも家族だから。それから電池とか、ガスボンベとか」

お客さんが必要とするものは状況により変化し、商品が余ってしまうこともあり、仕入れは難しかったそうです。また、自宅の修繕のために購入されるものも時間の流れとともに変わったと言います。

「直後はほうき、ちりとり、割れたガラスを撤去して、危なくないところに置いておく。窓ガラスの修理に使う養生テープ。1年前くらいから今は、窓に貼るベニヤ、砂利やセメント、壁のすき間を埋めるコーキングやパテがよく売れました」多くの建物が被災したため業者が足りなくなり、自分たちで家を直そうとする人が多かったそうです。

余震時は従業員に「遠慮なく、帰ってください」

最も大きな揺れがあったのは元旦ですが、その後、しばらく余震が続いていました。

「棚が崩れている中で余震が来るわけですよ、従業員も怖いじゃないですか。『どうしますか、避難させますか』と聞かれるわけですよ」

しかし、谷内さんも店が激しく被災した状態で、余震が起こる中、営業をしたのは初めてのこと。

「しばらくはラジオを店内で流して、揺れたらすぐ『余震がありました。状況を確認してください』『危険なので帰られる方は遠慮なく、商品を置いて帰ってください』と店内放送をしていました」

また、従業員には余震が起こった時のお客さんの案内の仕方の他にこんなことも伝えていたと言います。

「1回大きな揺れを経験しているから次またあるんじゃないかと思うんですよね。危険だと思ったらレジ離れて帰ってもいいよ。家が心配ならすぐ帰っていいよって伝えていました。従業員は店にいてくれようとするけど、家庭が一番大事だし、大丈夫って思う人もそうでない人もいるので」

「とりあえず、働こう。まだ職場があるなら」

開店した3日以来、被災しているのにも関わらず従業員が働きに出ている状況を、谷内さんは振り返ります。

「ずっと店を片づけとったら家のこともできんだろうし。来れる人だけ来てと言っていたけど、その辺の気づかいも大変だった」

中には自宅が半壊以上になり、公費解体の対象となった従業員も。

「解体のための調査に来てもらう日は遠慮なく休んでいいから、と伝えました」

そんな状況で従業員が働き続けた理由について谷内さんはこう考えています。

「家にいても何もすることがない。片づけもある程度やればそれ以上進まないだろうし、壊れた家の調査とその判定を待って、町や国からの補助があるか調べている状況ですから、『とりあえず、働こう。まだ職場があるなら』という意識で来られているのかな、と思っていました」

しかし、発災後1年過ぎたあたりから、店の再建と自宅の建て直しを同時進行で行うのが負担になったり、近隣に家を建てることができず、遠方に引っ越すことになったりといった理由で、志賀の郷店を離れる社員も。当時の店長も自宅の再建などのため、引っ越しを余儀なくされたとのことです。

それもすべて受け止めている谷内さん。「家族優先ですからね」と話してくれました。

◇  ◇

店の人たちの尽力やボランティアの協力で店の片づけが進み、沈下で傾いた店舗前面を修繕すれば問題ないようだった「志賀の郷店」ですが、地震による建物へのダメージは想定を超えていました。

動画内の「ついに改装工事が決まった」という言葉に込められた重い現実について、【後編】で詳しく聞いています。

■ホームセンター ロッキー 公式ホームページ  https://rocky1.jp/
■ホームセンターロッキー ニコニコ隊長Instagramアカウント https://www.instagram.com/rocky_niconicotai/

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