「父ちゃんが旅立って、突然、茶農家の代表になりました」
そんな一文から始まる、Threadsの投稿が4.5万いいねを集めて話題になっています。投稿したのは、京都府和束町で茶農家を営む杉ちゃん(@super_teaboy)さん(28歳)。若くして突然の代替わりを経験し、茶農家業に奮闘する杉ちゃんさんに話を聞きました。
Threadsの投稿全文は以下のとおり。陽に照らされた美しい茶畑の写真が添えられています。
「父ちゃんが旅立って突然、茶農家の代表になりました。
正直、右も左も分からない。でも逃げるわけにはいかない。
父ちゃんから教えてもらったこの日本茶と、僕の育った町を
本気で未来に残したい。この挑戦、フォローして見届けてくれませんか。」
投稿には、「日本茶を守る人を応援したい」という声や、似た環境で家業を継いだり、農家を営んだりしている人からの「自分も頑張ります」という共感の声など、多くの反響が寄せられました。
テーマパーク就職→イギリス留学を経て、茶農家へ
茶農家に携わって6年になるという杉ちゃんさんの経歴は異色です。専門学校を卒業後、茶農家とは無縁のテーマパークへ就職、1年で退職。その後はイギリス留学へ。留学当初は、茶農家を継ぐつもりはまったくなかったといいます。
転機となったのは、留学中のコロナ禍。帰国できないまま祖父が亡くなり、最期を看取ることができなかったことで、考え方が変わったという杉ちゃん。「両親の近くにいてあげたい、親孝行したい」という思いが芽生え、茶農家を継ぐ決意を固めました。
22歳から茶農家としての人生が始まり、父の死去により27歳という若さで茶農家の代表を務めることになった杉ちゃんさんに、これまでの苦労や今後の目標を聞きました。
ーー6年の茶農家人生で大変だったことは?
「茶農家に携わるようになった最初の3年間は見習いのような感じで、主に製茶というよりは畑での仕事をしていました。そして、4〜5年目から父親と製茶をするようになったのですが、6年目の新茶摘みが始まる前に父が亡くなり、1人で製茶をすることになりました。
父親と一緒に製茶できたのは2年間なので、製茶についてのトラブルや機械の使い方など、分からないことが多く、周りの先輩や友達、機械屋さんなどにたくさん助けてもらいました。大変だったというより、感謝の気持ちの方が強いかもしれません。お世話になった方々にも、何かの形で恩返ししたいなと思っています。また、天候など、茶葉の生育状況に合わせた生活になることも大変でした」
日本茶、そして『消滅可能性自治体』である故郷を残したい
ーーSNSで茶農家について発信を続けている理由を教えてください。
「僕の同世代もそうですが、“日本茶離れ”が進んでいると感じています。まずはSNSなどを通して、日本茶や茶農家のことを知ってもらいたいと思っています。
そして、僕の住む和束町は、『消滅可能性自治体』と位置付けられています。“和束町をなくしたくない”という思いから、和束町のことも少しでも知ってもらいたいですね。まずは関係人口を増やしていくことが大事なのかなと思います」
ーーこれからの目標を。
「きれいごとに聞こえるかもしれませんが、日本茶や茶農家、そして和束町を知ってもらいたいなって思っています。ティーツアーなどをやっておられる農家さんもいるので、たくさんの方に和束町へ遊びに来てもらいたいですね。あとは、お茶摘みのギネス記録があるので、チャンスがあればギネス記録にも挑戦してみたいです」
世界的な抹茶ブームなど、追い風がある一方で、後継者不足や気候変動、物価高など課題も多い日本茶業界。若くして家業を継ぎ、発信を続ける杉ちゃんさんの挑戦はこれからも続いていきます。
■茶農家の杉ちゃん関連情報
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