地方都市在住、40代の会社員である加藤さん(仮名)は、深夜に激しい腹痛に襲われ、救急搬送されました。診断は急性虫垂炎と腹膜炎の併発。医師から「すぐに手術が必要です」と告げられ、意識が朦朧とする中で事務員から差し出されたのは『入院誓約書』でした。
そこには「連帯保証人」と「身元引受人」の署名欄。
「ご家族やご親族の方に連絡して、サインをもらってください」
加藤さんは独身で、両親はすでに他界。兄弟はおらず、親戚とも長年疎遠です。「サインしてくれる人がいません」と伝えた瞬間、事務員の困惑した表情を見て、肉体的な痛み以上に「社会的な孤立」への恐怖が彼女を襲いました。
ひとまずは、事情を知っている会社の上司にサインをもらい、病院の事務員に了解を得たのですが、加藤さんは「また同じようなことが起こった時、上司には負担をかけられない」と思うようになりました。
医療現場が求める「3つの保証」
病院が入院時に身元保証人を求める理由は、主に以下の3点です。
①入院費用の連帯保証(支払いの担保)
②緊急時の連絡先および医療行為の同意(意識不明時の判断)
③身柄の引き取りおよび死後の対応(退院支援・遺体引き取り)
医師法第19条により、医師は、保証人がいないなどの理由で診療を拒むことはできません。しかし、現実的な病院の運用として、保証人がいないことで転院を余儀なくされたり、手続きが遅れるケースも報告されています。
この課題を解決するには、大きく分けて公的な「権利擁護事業」と民間による「身元保証サービス」の2つがあります。
行政・社会福祉協議会の「権利擁護事業」
「権利擁護事業」として、公的な身元保証や連帯保証などを担う制度には大きく分けて「日常生活自立支援事業」と「成年後見制度」の2つがあります。制度の利用には、一定の条件があります。
▼1.日常生活自立支援事業
各自治体の社会福祉協議会(社協)が実施しています。この制度は社協との「契約」によって利用が開始できます。
対象者は、現時点で認知症の診断を受けたけれど初期段階の人や、知的障害や精神障害があり、金銭管理に不安のある人です。重度の認知症で自分の意志を全く伝えられない人や、逆に判断能力が全く低下していない健康な人は自治体によっては利用できない場合があります。
日常的な金銭管理や福祉サービスの利用手続きの援助に限られ、入院の保証人や不動産の売買などは援助できません。
▼2.成年後見制度(任意後見・法定後見)
成年後見制度とは、認知症や知的障害・精神障害により判断能力が低下した場合に、法的な権限を持って支援する制度です。
そして、すでに判断能力が低下してしまっている方を支える制度、それが「法定後見制度」です。
2026年現在、その後見人は、当事者の判断能力の低下レベルに応じ「補助」「保佐」「後見」の3段階が設けられています。最も権限の広い『後見』になると、本人の代わりに施設入所や入院の契約手続きなどを代理で行うことができます。ただし、原則として入院費用などの「連帯保証」や、侵襲性の高い「医療行為そのものへの同意」はできません。
一方で、「今は元気だけれど、将来が不安な人」が利用できるのが「任意後見制度」です。判断能力があり元気なうちに、自分で選んだ人(または法人)と「将来、判断能力が落ちたら支援してもらう」という契約を公正証書で結ぶことで利用できます。
ただし、この「任意後見制度」も「法定後見制度」と同様、認知症などを発症し、判断能力が低下した段階でしか、効力を発揮しません。
民間による「身元保証サービス」とコスト
現役世代や、ある程度の資産がある高齢者が選ぶと良い現実的な解決方法には、民間の身元保証会社(一般社団法人やNPOを含む)の利用があります。これらは「家族に代わって入院時の保証や死後の事務手続きをする機能」をパッケージ化しています。
▼1.具体的なコストシミュレーション
以下に、一般社団法人が運営している身元保証サービスを例に、どのくらいのコストがかかるのかを確認していきましょう。
▼入院・手術の保証のみ(ミニマム)
緊急時の駆けつけ、入院手続き代行、費用の連帯保証を含みます。
初期費用:30万円
年会費:1万円
初年度合計:約31万円
▼死後事務まで完全委任(フルサポート)
身元保証に加え、万が一の際の「死後事務委任契約」を結びます。葬儀、納骨、家財道具の処分、行政手続き、SNSアカウントの削除などを代行します。
初期費用:50万円
死後事務預託金:100万円〜(葬儀ランクによる)
公正証書作成費用:5〜10万円
契約時合計:約160万円〜
▼2.トラブル回避のための選定基準
身元保証サービスは許認可事業ではないため、業者の質にばらつきがあります。そのため、以下の基準を参考に選定してみてください。
預託金の保全措置:預けたお金が信託銀行等で分別管理されているか(倒産リスクへの備え)。
第三者機関の関与:弁護士や司法書士などの専門家が運営に関与、または監督機能を持っているか。
契約の透明性:解約時の返金規定が明確か。
恐怖の正体は「準備不足」
前述の加藤さんは退院後すぐに民間の身元保証会社の説明会に参加しました。「また同じことが起きたら」という恐怖を抱え続けるよりも、コストを払ってリスクを移転することを選んだのです。
彼女が選んだのは、入院時の身元保証に特化したプランで契約完了後、彼女には「緊急連絡先カード」が発行されました。財布に入ったそのカードには、24時間対応のコールセンター番号が記載されています。
頼れる親族がいないことは、不幸ではありません。それは単に「自立して生きるための準備」が、通常より少しだけ多く必要だということに過ぎないのです。
まずは、地元の身元保証サービスの資料請求や、自治体の無料法律相談へ電話をかけることから始めてみませんか。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)
社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士、身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極性Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。