20代、一人暮らしをしている会社員の田中さん(仮名)は、数カ月前から続く強い倦怠感と朝起きた時の憂うつ感、仕事後の極度の疲労に悩まされていました。医師からは「うつ病」と診断され、1カ月の自宅療養を指示する診断書が出ましたが、田中さんの足は止まったままでした。
「生活を維持するために頑張って無理して働いてきたのに」
「給料が入らなくなったら、来月の家賃はどうなる?」
「ケータイ代は?食費は?光熱費は?」
「貯金も多くないのに、無収入になったらどうすればいいのか…」
田中さんのように、「休職=無収入」という恐怖心から、限界を超えても働き続けてしまう人は少なくありません。しかし、今の日本の社会保障制度には、心の不調で働けなくなった人を支えるセーフティネットが、いくつもあります。
生活の柱となる「傷病手当金」の仕組みと受給条件
休職中の所得保障として最も重要なのが、健康保険から支給される「傷病手当金」です。
1.支給される金額の目安
傷病手当金として支給される額は、大まかには「給与の約3分の2」です。正確には、支給開始日以前の連続した12カ月間の標準報酬月額を平均した額の30分の1(日給相当額)の3分の2が、休んだ日数分支給されます。
2.受給期間と「通算化」
受給期間は、支給開始日から通算して1年6カ月です。以前は「支給開始日から最長1年6カ月」という期間制限がありましたが、現在は制度改正により、復職したあとに再度、同じ病気で休職した場合でも、合計で1年6カ月に達するまで受給が可能となりました。
3.申請の条件
①業務外の理由による病気やけがの療養中であること(業務による病気やけがは労働災害扱いになり、別の制度になります)。
②仕事に就くことができない(労務不能)状態であること。
③連続する3日間を含む4日以上、仕事を休んでいること(最初の3日間は「待機期間」となり、傷病手当金は支給されません)。
④休職期間中に給与の支払いがないこと(給与がある場合でも、傷病手当金額より少ない場合は差額が支給されます)。
4.申請できるタイミング
傷病手当金を申請できるタイミングは、「欠勤して給与の支払いがなかった期間(実績)」が確定した後に行う「事後申請」が基本となります。つまり傷病手当金が実際に手元に入るのは、申請から2週間〜1カ月後になるため、注意が必要です。
申請は「1カ月単位」で区切ることが多いため、休職を開始した月の翌月、会社の給与締切日が過ぎて「給与が支払われていないこと」が証明されたタイミングで、最初の申請を行うのがスムーズです。また、長期の休職になる場合は、1カ月(賃金計算期間)ごとにまとめて申請するのが一般的です。
スムーズな復帰を支える「リワーク(復職支援)」
復職をする際、いきなりフルタイム勤務に戻ることは再発のリスクを高めます。それは、自宅生活だけでは対人刺激が少なく、業務における負荷に慣れていない状態であり、「休んだ分を取り戻さなければいけない」「周囲に迷惑をかけられない」「再休職はしたくない」などの気持ちから、頑張りすぎてしまうことがあるからです。そこで活用したいのが、リワークプログラム(復職支援プログラム)です。
1.医療リワーク
精神科病院やクリニックが行うもので、主に症状の安定とセルフケア能力の向上を目指します。医療費として自立支援医療の対象になることが多く、希望時に利用しやすいメリットがあります。
2.地域障害者職業センターによるリワーク
公的な支援サービスで無料で利用できますが、利用開始時期・期間が決まっていることがほとんどです。模擬業務を通じて、実際の仕事に近い負荷での集中力や持続力を評価し、必要であれば職場への助言も行います。
3.職場復帰支援(企業内)
勤務している会社で、独自に実施されるものです。「試し出勤」「リハビリ出勤」などと言われることもあります。給与や手当の形態については、その企業の定めるところにより、このような支援を行っていない企業も多くあります。
医療費を3割から1割へ「自立支援医療制度」
うつ病などで継続的な通院が必要な場合、医療費負担を大幅に軽減できるのが「自立支援医療(精神通院医療)」です。
通常、窓口での自己負担は3割ですが、申請が承認されると、自己負担が1割に軽減されます。さらに、世帯の所得に応じて1カ月あたりの支払上限額が設定されるため、通院回数が多い月でも一定以上の負担は発生しません。
申請は、市区町村の福祉窓口で行います。主治医の診断書(自立支援医療用)が必要となるため、まずは通院先の主治医と相談することをお勧めします。
長期化した際の備え「障害年金」
療養が長期にわたり、初診の日から1年6カ月経過しても日常生活に著しい制限がある場合には、障害年金の申請を検討しましょう。金額は加入期間や過去の報酬額によりますが、傷病手当金の受給期間が終わった後の、非常に重要かつ長期的な支えとなります。初診日に国民年金に加入していたか、厚生年金に加入していたか、あるいは20歳未満でどちらにも加入していないかで、申請できるものが変わります。まずは、お住まいの地域の年金事務所に問い合わせるのがよいでしょう。
◆障害基礎年金
初診日に国民年金に加入していた(または未加入の20歳未満など)場合、申請できます。障害の程度により、1級および2級が対象です。
◆障害厚生年金
初診日に厚生年金に加入していた場合、申請可能です。1級〜3級まであり、1級または2級の場合は、障害厚生年金に加えて障害基礎年金の1級または2級も受給することが可能です。
休職中の家計シミュレーション
実際に20代、単身世帯、標準報酬月額24万円(手取り約19万円)のケースで、休職1カ月あたりの収支をシミュレーションしてみましょう。
・傷病手当金 +160000円(標準報酬月額24万円の3分の2)
・社会保険料 -36000円(健康保険料・厚生年金保険料の自己負担分)
・住民税 -12000円(前年の所得に基づく)
・医療費 -5000円(自立支援医療を活用)
・家賃・光熱費・通信費 -75000円(固定費)
・食費・雑費 -30000円
・収支 +2000円
社会保険料は滞納することはできません。ただし、会社が保険料を一時的に立て替え、後から本人へ請求することもあります。また、住民税は、お住まいの市区町村の税務課や納税課窓口で減免や分納、徴収猶予について相談することが可能ですが、納付期限が近づく前に手続きを行う必要があります。
制度を知ることが「休む勇気」になる
田中さんは、その後、人事担当者と主治医に相談し、傷病手当金の申請と自立支援医療の手続きを行いました。「収入がゼロになるわけではない」という事実を数字で確認できたことで、ようやく心が落ち着き、治療に専念することができました。
「お金のために休めない」という思い込みは、心をより深いダメージへと追い込みます。しかし、制度を正しく理解して活用すれば、経済的な基盤をある程度維持したまま、療養生活を送ることは十分に可能です。まずは、これらの「支え」があることを思い出し、一歩を踏み出してみてください。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。