会社員のAさんは、静まり返ったリビングで1人ため息をついていました。数年前、妻のBさんがある宗教団体に入信してから、平穏だった家庭は一変してしまったからです。
Bさんは週末の活動のみならず、平日の夜もオンライン集会にかじりつき、中学生の子どもの世話や家事はすべてAさんに丸投げしました。さらに将来のためにコツコツ貯めていた300万円の教育資金を、Aさんに内緒で宗教団体に全額寄付していたことが判明します。
堪りかねたAさんが「せめて家族との時間を作ってほしい」と訴えても、Bさんは「これは私の魂の救済。信仰の邪魔をしないで」と激昂し、話し合いすらままならない状態です。Aさんは離婚を考え始めましたが、Bさんは信教の自由を理由に離婚にも応じません。
家族を蔑ろにするほどの宗教活動は、法的な離婚事由になるのでしょうか。まこと法律事務所の北村真一さんに聞きました。
「信仰」そのものではなく「家庭の崩壊」が焦点
ー「宗教活動」だけを理由に、法的に離婚することは可能なのでしょうか?
単に宗教を信じているという理由だけで離婚を成立させるのは困難です。日本には憲法で保障された「信教の自由」があるため、どの神を信じ、どのような修行をするかは個人の自由だからです。
しかしAさんのご家庭のように、宗教活動にのめり込むあまり夫婦の協力義務や子の監護義務を放棄し、もはや夫婦関係が修復不可能なほど破綻していると判断されれば、民法第770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」として、離婚が認められる可能性が高まります。
ー妻の「信教の自由があるから離婚はできない」という主張は有効ですか?
信教の自由は絶対的な権利ですが、だからといって法律上の「夫婦の義務」を免除されるわけではありません。民法では夫婦に対し、同居・協力・扶助の義務を課しています。
個人の心の中で何を信じるかは自由ですが、その行動によって家計を破綻させたり、家族に過度な負担を強いたりすることは別の問題です。法的には、信仰の自由よりも、現実に起きている「家庭生活の崩壊」という事実が重視されると考えます。
ー具体的にどのような状況であれば、離婚が認められやすくなりますか?
判断の鍵となるのは信仰の内容そのものではなく、活動によって夫婦関係が客観的に破綻しているかどうかです。
Aさんのご家庭のように共有財産である教育資金を無断で、かつ多額に寄付して家計を破綻させる行為は、経済的な協力義務に著しく反するとみなされます。さらに宗教活動を優先するあまり、子どもの健康管理や教育といった親としての監護義務を長期にわたって放棄している実態も、離婚を認める要因となり得ます。
家族に対して無理に入信を迫ったり、信仰を拒む配偶者を「悪魔」などと罵って対話を一方的に拒絶したりするような精神的な追い込みも、婚姻関係を継続し難い事由に数えられます。
実際に過度な献金や家事・育児の放棄が重なり、夫婦間のコミュニケーションが完全に断絶したことで、最終的に離婚が認められた事例も存在します。信仰心そのものではなく、その結果として生じた「家族の破壊」という事実が法的に問われるのです。
◆北村真一(きたむら・しんいち) 弁護士
「きたべん」の愛称で大阪府茨木市で知らない人がいないという声もあがる大人気ローカル弁護士。猫探しからM&Aまで幅広く取り扱う。