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“にゃんフルエンサー”は運送会社の広報部長 保護猫「ふく」 右前足を失い血まみれのところを社員に救われて8年 

吉村 智樹 吉村 智樹

今、足にハンディキャップを抱えた1匹の猫が話題になっています。それは運送会社の広報部長に任命されたメス猫「ふく」。前足が切断され、瀕死の状態で放置されていた彼女は社員の懸命な看病により一命を取り留めました。そして3本の足でけなげに生きる姿がSNSで共感を呼び、動画は750万回以上も再生される人気となったのです。

足に障害がある猫は、従業員たちの心に何をもたらしたのか。会社に泊まり込みで撮影取材したという新刊『3本足の保護猫ふくは、運送会社の広報部長 ~ニャンと社員のあたたかなオフィス~』の著者、石黒謙吾さんにお話をうかがいました。

猫の広報部長が活躍する運送会社がある

1匹の猫を会社の従業員全員で飼う。そんな動画がSNSで好評を博しています。

古都・金沢から車で30分、石川県の川北町を拠点に活動する運送会社、日章。産業廃棄物と一般貨物収集運搬のハイブリッドを柱とし、現在は2024年能登半島地震被災地復興のため日夜30台ほどの大型トラックを走らせています。1974年8月に設立。従業員は30名前後という規模です。

同社の広報部長は、なんとメス猫の「ふく」。2017年から同社で飼われており、体長およそ45cm、体重約4.8kgの雑種です。愛称は「ふくちゃん」「ふく部長」。年齢は15歳。人間にたとえると76歳のおばあさんです。

実はこのふく、全国にファンを抱える“にゃんフルエンサー”なのです。もともと2022年に会社のPRのために始めたInstagramアカウントがあり、2023年からふくが頻繁に登場するようになると人気が爆発。それまで1,000人未満だった登録者数が、なんと現在、17万3千人にまで膨れあがったのです。

ふくが登場するショート動画は、多い日で1本7万「いいね!」がつくほどの大バズり。ふくの愛らしさが周知され、2024年秋の、創業50周年を記念して制作されたCMでは主役を務めました。さらに2025年 第6回「推し猫グランプリ」(一般社団法人日本猫ねこ協会主催)では準グランプリを獲得したのです。

Instagram担当の女子社員“グッピー”さんが編集した広報部長ふくのショート動画は、どれもほのぼのとしてユーモラス。業務内容は、ほぼ睡眠。「部長タワー」と呼ばれるキャットタワーのベッドを定位置にして、社員にブラッシングをしてもらったり、パソコンのマウスを枕にして気持ちよさそうに寝転んだり。ときにはタイピングの邪魔をする「にゃんハラ」もかまします。猫だけではなく従業員たちにもニックネームやキャラ付けがなされ、観ていて感情移入できるのです。

猫の広報部長の右前足は欠損していた

そんなふくには、大きな特徴があります。それが、右前足の欠損です。足の途中からなくなっており、それゆえスムースには歩けません。ポンポンと跳ね、弾む力を利用しながら前進します。

「一所懸命に生きているのですが、観ていて悲惨な感じじゃないんです。周囲の人たちも、かわいそうだからいたわっている感じではない。ふくが会社のなかにごく日常の風景として溶け込んでいて、普通に社員・同僚として見守られている。そこがよかったんです」

そう語るのは、新刊『3本足の保護猫ふくは、運送会社の広報部長 ~ニャンと社員のあたたかなオフィス~』(山と溪谷社)を上梓した著述家・編集者の石黒謙吾さん。

石黒さんは、これまでもベストセラー『盲導犬クイールの一生』や、『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』など多数の犬猫関連書籍の執筆やプロデュース・編集を手がけてきました。そんな石黒さんがふくの存在を知ったのは2024年12月のこと。

石黒謙吾さん(以降、石黒)「たまたま、猫専門のバラエティ番組『ねこ自慢』(BS-TBS)を観ていたら、ふくが紹介されていたんです。3本足の猫を会社で飼っていて、その様子を紹介したInstagramがバズっていると。僕も一応Instagramのアカウントはあるのですが、幽霊会員なので、ふくのことを知らなかったんです」

テレビ画面のなかで、3本の足で精いっぱい生きるふくの姿を見て、石黒さんはある1匹の犬を思い出したといいます。

石黒「幼少の頃に実家で飼っていたジョンという犬も、ジステンバーの後遺症で足が不自由でした。左後足1本は、だらーんと垂れ下がっているだけで、動かないんです。僕はその犬が大好きでした。当時のジステンバーは死に至る病気で、生き残ってくれたことがとても嬉しかった。それもあって、ふくに感情移入してしまいましたね」

もう一つ、心を揺さぶられた大きな理由が、自分の出身県でのできごとだったこと。

石黒「僕は金沢の出身なんです。石川県の会社が、がれきのトラック輸送などで、能登の復興のために力を尽くしておられる。自分の故郷のためにがんばっている会社があって、そこに足が不自由な猫が保護されていると知り、『すべて自分とつながっている』、そんな気がしたんです」

縁を感じた石黒さんは、オンエア翌日の午前9時にすぐ電話し、書籍取材のアポをとりつけました。

初めて出会った「ふく」は穏やかな猫だった

故郷・石川にある日章に到着した石黒さん。ふくの性格は、一言で「穏やか」でした。小食で、おとなしい。従業員たちも8年の飼育期間で、ふくが興奮したり怒って大きな声で鳴いたりした光景を一度も見たことがないのだそうです。

石黒「悠然とした猫だなという印象ですね。近寄っても怖がりはしないし、そうかと言って、スリスリしてくるわけでもない。これまで4度、日章さんを訪ねましたが、2度目はこっちを向いて『おお、また来たの』という表情をしてくれました。3度目なんて3カ月も間が開いたのに僕を憶えていて、ふくのほうから近寄ってきてくれた。『この人は、この会社の人たちと、きっとよい関係なんだ』というのがわかっているように見えました」

クールなようで、情にあつい部分もある、ふく。従業員たちも同じく、ふくを決して“猫かわいがり”はしません。広報部長はあくまで“同僚”なのです。

石黒「ふくの横を通り過ぎる際に頭をなでたり、お腹をさすったりする程度ですよ。ふくは薄目を開けて、それを見ている感じですね。猫も人も淡々と業務している。僕にはその雰囲気がとても心地よかったんです」

猫がいて、人がいて、ともに和やかに過ごすオフィス。しかし、身体に障がいのある猫だけに、他の猫にはない手間もかかります。

石黒「朝のルーティンを撮影中、投稿担当のグッピーさんが何気なく『左の目ヤニは自分で取るんですが、右の目ヤニはうまく取れないので拭いてあげています』と話していたんです。『そうか、右前足がないと、そうなるよな……』と、改めて障がいがあることに思いが巡りました。そんな感じで、社員が皆、ふくの動きも気持ちもフォローしているんです」

足の欠損にもめげず気丈にふるまいながらも、どこかゆるい雰囲気に包まれたふくの動画は、観る人を魅了しました。

たとえば同社の配車係“りーちゃん”。彼女は2024年の能登地震により輪島で被災し、飼い猫が行方不明になりました。そして、ふくの存在を知り、「猫と一緒に働きたい」と応募してきたのです。このように、「ふくがいるから」という動機で同社を志望する新人は少なくありません。「猫モフり放題」、それは日章の“ふく利厚生”の一つでもありました。

また、新規の顧客との商談中に先方が「実は私、ふくのファンなんです。動画をいつもチェックしています」と語り、コミュニケーションが円滑になったケースもあったのだそう。

ふくは瀕死の状態で発見された

では、ふくはいったい、どのようないきさつがあって社内で飼われることになったのでしょう。そこには、悲しい背景がありました。

2017年10月のこと。配送を終えた当時のドライバー、愛称“コモリン”さんは、帰社のさなか、瀕死の猫が這っているのを発見します。

はじめは「子猫か」と思ったほどに痩せ細り、全身が血まみれで泥だらけ。しかも右の前足は途中からなくなっており、切断面からも血がにじんでいました。猫の周辺には、血の匂いを嗅ぎつけた5羽ほどのカラスが電線の上に集まってきていたのだそうです。力尽き、命の火が消える寸前でした。

石黒「ふくは運送会社で飼われてはいますが、実はエンジン音を怖がるんです。どこかで車にはねられるなどの事故があり、足を失った可能性もあります。エンジン音を恐れるのは、自動車にトラウマがあるのかもしれないですね」

社員としての自覚? 従業員の送迎をするふく

ドライバーをはじめ、従業員たちに親しまれている、ふく。そしてふくも、そこに恩義を感じているのか、彼女は毎日午前8時~9時台と、ドライバーが帰社する午後3時~4時台の2回、会社の玄関へ降りて、同僚たちの送迎をするのです。

石黒「靴拭きマットにいて、送り迎えをするんです。『自分はこの会社の社員だ』という自覚があり、同僚たちをねぎらいたい気持ちがあるように見えます」

こうした送迎の日課をはじめ、ふくの自然な姿をカメラにおさめようと、石黒さんは24時間の密着取材に挑みます。従業員が帰社した深夜も、ふくと過ごしたのです。

石黒「僕はいつも“撮影の都合で動物に触れる”行為は一切やらないと決めているんです。よい表情や、かわいい仕草を撮る目的で生き物に触ると、その時点で作り話になってしまうから。だからふくの自然な表情を撮るために、『24時間つきあおう』と決めました」

深夜から早朝にかけてのふくの様子がSNSにアップされたケースは過去にありません。この時間に撮影されたカットは従業員も知らない貴重な記録なのです。

石黒「陽が暮れるともう玄関に移動して、夜中じゅう、まるで警備員のようにどっしりたたずんでいるんです。『それが自分の役目なんだ』とわかっているようで。そして、ときおりこっちを振り向いてくれる。そのときはしみじみと、『ふくと自分だけの心地よい時間だな』とグッときましたね」

皆がふくを温かく見守り、気持ちが一つになる

さて、何度も石川県へ通って取材をした石黒さん。ふくと触れ合い、感じたことはなんだったのでしょうか。

石黒「社員さんに訊いても、みんなことさらに口に出して『ふくが癒しになっています』『励みになっています』『救われました』なんて言わないんですよ。足に障害を抱える猫と働くのが当たり前という感覚になっている。それがむしろリアリティがあって心に刺さります。みんながふくを温かく見守り、気持ちが一つになっている。それが会社のムードにつながっている点が、ふくがもたらした最大の功績じゃないでしょうか」

ふくを迎えたことで売上が伸びたといった、目に見える大きな効果は、示せるわけではありません。ただ、ある日、ふくの行方がわからなくなったことがあったそうです。みんなで探し続け、なかには泣き出す社員さんもいたのだとか。

足が不自由な猫と従業員たちが自然と溶け込み、コミカルさとシリアスさがゆっくりと混ざり合いながら、社員どうしの結束は固まり、オフィスに暖かい風が吹く。それで充分に幸せなのではないかと筆者は感じました。

   ◇   ◇

『3本足の保護猫ふくは、運送会社の広報部長 ~ニャンと社員のあたたかなオフィス~』(山と溪谷社)

能登支援のトラックドライバーを見送る日々。つらかったことを乗り越え、猫と人に深い絆が生まれた。ふくがいたから入社してきた女性社員や、能登地震被災で入社した社員も。涙あり、笑いあり、癒しあり。美しい写真と感動のストーリー、インスタのクスッと笑える雰囲気が一体になった本。定価1,760円(本体1,600円)。
https://www.yamakei.co.jp/products/2825590570.html

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