45歳の田中さん(仮名)は、夫と義母の3人暮らしをする女性です。正社員として働いていましたが、義母が脳梗塞で倒れて要介護になった際、仕事を辞めるかどうかの選択を迫られました。しかし、会社の人事担当者から「介護休業制度」の存在を教えられ、3カ月の休業中に介護体制を整えることができました。さらに、休業中に給与の67%にあたる給付金を受け取れたことで、経済的な不安も軽減されました。「もし制度を知らずに辞めていたら、今頃どうなっていたか…」と田中さんは振り返ります。
2022年度の総務省「就業構造基本調査」によると、年間で約10.6万人が介護・看護を理由に離職しています。一方、厚生労働省が実施した別の調査では、介護離職を経験した人のうち約55%が「仕事と介護の両立支援制度について個別に周知されていれば、仕事を続けられた可能性がある」と回答しています。
介護離職の現状と深刻な問題
2021年10月から2022年9月までの1年間で、介護・看護を理由に離職した人は約10.6万人にのぼります。このうち、女性が約77%を占めており、年齢別では40代から50代の働き盛り世代に集中しています。
離職後の現実は厳しく、正社員として再就職できたのは半数にも満たず、4人に1人が無職の状態にあることが明らかになっています。さらに、厚生労働省の調査によると、介護離職後に「経済面の負担が増した」と回答した人が67.6%にのぼるなど、多くの人が離職後に後悔している実態があります。
辞める前に知っておきたい3つの制度
▽介護休業給付金制度
雇用保険に加入している労働者が家族の介護のために休業した場合に支給される制度です。対象家族1人につき、合計93日まで取得でき、3回まで分割可能です。
・支給額:「休業開始時賃金日額×支給日数×67%」で計算されます。
・最新の上限額:2025年8月に改定され、現在は月額35万6,574円が上限です。なお、この上限額は毎年8月1日に改定されます。
・最大受給額:93日間(約3カ月)で最大約107万円を受け取ることが可能です。
・条件:休業開始前の2年間に12カ月以上の被保険者期間が必要であり、職場復帰が前提です。給付金は一般的に非課税とされています。(税法の解釈や他の収入との合算扱いで異なる場合もあるので、詳しくは税務署で確認してください)
申請は、勤務先の人事部門を通じて、ハローワークに必要書類を提出して行います。
▽介護休暇制度(年5日〜10日)
要介護状態にある家族の通院の付き添いなどに利用できる、短期的・一時的な介護に対応するための制度です。
・日数:対象家族が1人の場合は年5日まで、2人以上の場合は年10日まで取得できます。
・柔軟な取得:2021年の法改正により、時間単位での取得が可能になりました。
・活用例:ケアマネジャーとの面談、通院の付き添い、介護保険の申請手続きなどに適しています。給与の扱いは企業によって異なるため、就業規則の確認が必要です。
▽介護のための短時間勤務制度
企業は、利用開始から3年以上の期間で2回以上利用できる短時間勤務等の措置を講じることが義務付けられています。
・措置内容:短時間勤務制度(原則1日6時間)、フレックスタイム制、始業・終業時刻の繰上げ・繰下げ、介護サービス費用の助成などが含まれます。
・賃金と支援:勤務短縮分の賃金支払い義務は企業にはありませんが、企業によっては介護サービス費用の助成などの支援制度が用意されている場合があります。
制度を活用するための実践ステップ
▽1.準備
親の健康状態を定期的にチェックし、地域の包括支援センターや勤務先の就業規則を確認しておきましょう。
▽2.発生時
ケアマネジャーに相談しつつ、勤務先の人事部門に状況を報告し、制度の利用を相談しましょう。
▽3.戦略的活用
93日間の介護休業を、一度に使うのではなく分割して取得し、介護体制を整える期間として活用しましょう。
▽4.長期的な両立
休業終了後は、短時間勤務制度や介護休暇を組み合わせ、1人で抱え込まない体制を構築しましょう。
◇ ◇
田中さんは、介護休業制度を活用した93日間で、義母のケアプランを整え、デイサービスや訪問介護を組み合わせた介護体制を構築しました。職場復帰後は短時間勤務制度を利用し、週3回は16時退社として義母の通院付き添いや夕食準備に充てています。「最初は不安でしたが、制度を使って時間を稼いだことで、冷静に介護サービスを選べました。今は仕事も介護も、無理なく続けられています」と田中さんは話します。
仮に田中さんが制度を知らずに離職していた場合、どうなっていたでしょうか。
介護休業給付金の最大約107万円に加え、休業中の社会保険料免除額や、離職せずに働き続けられた場合の年収との差を一般的な正社員モデルで試算すると、制度を活用することで最大約240万円相当の経済的支援・収入差が生じていた可能性があります。
介護は突然始まることが多く、冷静な判断ができないまま離職を選んでしまうケースが後を絶ちません。しかし、2025年4月の調査でも介護離職者の54.7%が制度を利用していなかったことが判明しており、制度を正しく知り、活用することで仕事との両立は十分に可能です。離職を決断する前に、まずは勤務先の人事部門や地域包括支援センターに相談しましょう。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士、身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。