夫婦の会話の中で、お金の話ほど感情を揺さぶるものはありません。中でも「死亡保険」は、どうなるかわからない未来の話であるはずなのに、なぜか現在の関係性まで照らし出してしまいます。数字を確認しただけのはずが、愛情や信頼の量まで測られているように感じてしまう。その違和感は、静かに、しかし確実に心に残ります。
「もしものため」に見直しただけだった
結婚25年、Cさん(50代)は第一子出産後から専業主婦です。夫の死亡保険を確認したのは、夫婦で老後資金や家計を整理していた流れでした。住宅ローンの残額、子どもの教育費、自分が一人になった場合の生活費。どれも現実的で、避けては通れない計算です。
ところが、保険証券に記載されていた金額を見た瞬間、Cさんは言葉にできない引っかかりを覚えました。夫が先に亡くなった場合、残される自分が受け取る金額は、決して多いとは言えないものでした。「あ、この人、私のことそこまで大事じゃないんだな」。そんな考えが、一瞬で頭をよぎったのです。
数字の話をしただけなのに、噛み合わない
Cさんは感情を抑え、冷静に保険の見直しを提案しました。しかし夫の反応は、予想とは異なるものでした。「そんなに高額な保険、必要?」「俺、そんなに早く死ぬ前提なの?」「俺が先に死ぬかどうかもわからないよね?」。夫は戸惑いと不安を隠さず口にしました。
Cさんに悪気はありません。あくまで「もしも」の話です。それでも、その反応を聞いた瞬間、胸に刺さるものがありました。妻が困らないかどうかよりも、夫にとっては「自分が死ぬ想像をすること」のほうが不快なのだと感じてしまったのです。
保険金額で愛情を測ってしまう自分
死亡保険は、本来リスク管理のための金融商品です。しかし現実には、「いくら残してくれるつもりなのか」「自分がいなくなった後の生活をどこまで想像しているのか」という、極めて感情的な問いを突きつけてきます。
Cさんは、自分でも驚くほど、その金額に愛情の深さを読み取ろうとしていました。頭では「愛情は金額では測れない」と分かっています。それでも、数字という具体的な形を前にすると、感情は簡単に揺れてしまうのです。
見えない溝が、静かに浮かび上がる瞬間
この出来事でCさんが痛感したのは、夫婦で「将来をどう想像しているか」が、思っていた以上に違っていたことでした。夫は「今をどう生きるか」を重視し、Cさんは「もしもの後」を具体的に考えています。そのズレは、普段の生活では見えにくいものです。
死亡保険の話は、数字の話であると同時に、価値観や不安の話でもあります。そこには、正解も不正解もありません。ただ、向き合わない限り、見えない溝は埋まらないのです。
愛情は測れなくても、現実は待ってくれない
夫に何度見直しを提案しても「死ぬ確率のほうが低い」とか「なんで死ぬ前提なの?」と言い返されます。Cさんは「自分は少し考えすぎなのかな」と自問することがあるそうです。それでも、将来の不安が消えるわけではありません。愛情は金額では測れなくても、生活は感情だけでは成り立たないからです。
死亡保険の金額をめぐる何気ない会話は、夫婦の関係を壊すためのものではなく、本来は守るためのものです。しかし、その数字が思わぬ感情を引き出してしまうこともあります。大人になったからこそ直面する、冷静さと不安、そして本音。その交差点に立たされたとき、人は初めて「本当の安心とは何か」を考え始めるのかもしれません。