頸髄に大きなダメージを受け、首から上しか自由に動かせない状態になってしまった男性。インスタグラムでリハビリを続ける姿を動画で公開し、たくさんの人の心に希望を灯しています。
男性は、ブラジルの伝統格闘技カポエイラの普及活動を行う団体『ゲトカポエイラ』日本支部で代表を務める池﨑雄一さん。ブラジル本部から正式に指導者として認められ、日本国内の学校や企業などで指導してきた池﨑さんを不慮の事故が襲ったのは今年7月22日でした。
カポエイラは格闘ダンスとも称されています。リズムに乗って、軽やかに回転しながら脚を蹴り上げ、側転といった技を繰り出してきた池崎さん。それが一転、寝たきりで手足が少しだけ動く状態に。
懸命にリハビリに向き合って、現在の日常生活、今後への展望などを事故から約100日(※取材時点)を経過した池﨑さんに伺いました。
頭から落下した瞬間「あっ、植物人間になる」
カポエイラはブラジル発祥の武術、ダンス、歴史、音楽、哲学などが混合された伝統武術・伝統芸能。池﨑さんは、高校時代、偶然テレビで見たカポエイラに魅せられ、カポエイラ一筋27年。
事故のあった7月22日も、いつものようにカポエイラの技を行なっていました。しかし、投げ技で手を床に付かず、頭から落下。
「落ちた瞬間、あっ、やばい、と思いました。その後すぐ、手足がまったく動かないことがわかり、これは植物人間になってしまう、と自覚しました」
首から下の感覚はなく、周囲にいた人が手足を触っても触られている実感はゼロでしたが、意識はしっかりしており、自分の身体の現状をすぐに察知。救急車が来るまでの間は、「パニックになってはいけない、パニックになれば呼吸が荒くなる」と自らを制していたそうです。
搬送された病院で医師から告げられたのは、頸髄の3番、4番、5番が大きなダメージを負っており、3カ月の入院が必要な重症であること、完全にもとの状態に戻るのは厳しいこと。
「たった一瞬のできごとで、自分の失敗で、今までの身体ではなくなってしまったことに絶望しました」
首から下が動かせないので、食事も歯磨きも何もかも看護師が介助。もちろん、スマホも触れません。ナースコールを押すことすら、できないという入院生活が2週間続きました。
「みんなを驚かせたい」その気持ちが原動力
リハビリは入院の3週間目から開始。まずはベッドの上で座ることを課されましたが、貧血になったり、バランスを取れず寝転んでしまったり、自分自身でも歯がゆい状況に。
「できないことに気づくのは辛かったです。それは今も……。でも、リハビリはやれば、必ず成果に結びつきます。それがわかっているから、続けられました。できないこともあるけど、あっ!できるようになったと思えるのが嬉しい」
絶対、もとの身体に戻りたい、またカポエイラに関わりたいと強く思っていたため、病院の指導に基づき、歩行練習や手足を動かすトレーニングなど地道なリハビリに熱心に取り組んだそう。
「でも、それ以上に僕を突き動かしたのは関わった人たちです。できなかったことができるようになると、担当してくれたお医者さんもリハビリの先生も看護師さんもびっくりするんです。“こんなに早く、身体を動かせるようになる人は見たことがないし、こんなに強い気持ちでリハビリをする人はいない”って言われました」
また、怪我当初から寄り添い、その回復を見てきたリハビリの先生の「人間の体っていうのは、未知数で、私たちやお医者さんですらわからないことだらけです、患者さんの気持ち、精神力と行動で変わっていくことなんていっぱいあります!池﨑さんはそれを証明して見せて行ってください!」も、頑張る気持ちを後押ししたそうです。
リハビリ時間以外もベッドの上で足の運動などを欠かさず、身体の感覚を取り戻すことに必死でした。
怪我をして気づいた、「最初の4分間、頑張れば頑張れる」
予想以上の回復力で、当初の予定よりも早い9月半ばに退院。現在は自宅で療養しながら、リハビリに通っています。「家にいた方が、やりたいだけリハビリができる!」と思っての退院でしたが、ここで新たな試練に行き当たりました。
「自分の気持ちです。病院ではリハビリの時間が決められていたので、その時間は絶対にしていました。家はいつでもリハビリできるから、なかなか、気持ちが向かない。億劫になってしまう自分がいて、それにまたイライラするし、情けない気持ちになるし…」
住み慣れた家での暮らしに戻ることで、「ボタンを押す」「歯を磨く」「靴下をはく」「髪の毛を洗う」などの、以前なら当たり前にできていた動作に困難を伴うこともわかり、そのたびに気持ちもダウン。
やる気も失っていた時、友人が教えてくれた「ズーニンの法則」が背中を押してくれました。
「何かをやる時って、最初の4分間がしんどい。だから、4分間だけやってみよう、4分間だけ頑張ろうという気持ちでやればいいと教えてくれました。確かに、最初の4分間が過ぎたら、もうちょっとやろうかな、最後まで頑張ろうと思える。怪我をしていなければ、知らなかったことってあるんだなと気付かされました」
「身体に違和感を持つ自分だからこそできること」
2014年からカポエイラにまつわる情報や自らの活動をインスタグラムで発信してきた池﨑さんですが、「たくさんの楽しそうな投稿と、病院でリハビリをしている自分を比べて、“自分もあの場にいたのに”と切なくなって」と、一時はSNSを辞めることを決意。
しかし、消したつもりの投稿が残っていることに気づき、「自分が生きていることを証明しよう」と続行することに。
今は、前向きに過ごすことが増えてきたと話します。
手足のしびれや体幹の圧迫感はずっと続いており、身体の右半身は温度を感じることもできません。自由自在に身体を動かしているように見える動画も、「手はグローブをはめているような感覚です。どんな動きも、自分の身体ではないようで、誰か他の人の身体を借りているような感覚なんです」と現状を語ります。
「怪我をしてからの6ヶ月が最も回復が進むと聞いたので、今はとにかく頑張るしかない。身体に操作の一つひとつを覚え直させていきます」
リハビリに励む動画は再生回数1400万回以上となり、知らない人や同じような境遇の人からのコメントからも。「本当に尊敬します」「麻痺の原因は異なりますが…とても刺激を受けました」「弱音吐いていないで私も頑張らなきゃという気持ちにさせていただきました」「努力の賜物」「励みになりました」と多くのコメントが届きました。
「全員に返事できないのですが、コメントはすべて読んでいます。勇気をもらったと言っていただきますが、僕の方がたくさんのパワーをもらっています。本当にありがたいです」
動画でBGMとして流れるSUPER BEAVERの『突破口』は、「リハビリが辛い時も気持ちが沈んだ時も、この歌に励まされて、救われて、頑張る気持ちを奮い立たせられました。ありがとうの気持ちが届くと嬉しい。直接伝えたいぐらい、感謝しています」と言います。
頸髄を損傷して、多くの人にやさしくしてもらえ、自分はこれまで人にやさしくできていたのか?と振り返ることになったと話す池﨑さん。
「自分でもなぜこのリハビリを頑張って来られたのかと考えているのですが、やはりカポエイラで培った精神なのかなと。カポエイラでは常にできない技やポルトガル語の歌、苦手な楽器を挑戦してきました、できないことに対して挑戦するという行動をもう何年も行ってきたから、リハビリに向き合えるのかなと思っています。
以前のように、身体を思い通りに動かせなくなって、もっと人にやさしくなりたいと心から思うようになりました。これまではカポエイラの指導や披露など身体で見せることが活動の中心でしたが、怪我をしたからこそ、伝えられることがある。言葉で伝える機会にも恵まれたらいいなと思っています」
■インスタグラム カポエイラ指導者 石川富山マッチCM Matte leao @matteikezaki_gut
■ゲトカポエイラHP https://guetojp.com