認知症の祖母を介護することになった風俗嬢の目を通して描かれる、介護と老いと人生。いかようにもシリアスに組み立てられる素材を、岡﨑育之介監督は『うぉっしゅ』(5月2日公開)でファニーかつポップに調理した。間口を広げることで「映画を興行する以上の価値」を生み出したいと願っている。その真意を聞いた。
若い人にこそ観て欲しい
カラフルなボールが宙を舞う青空の下、ピンクヘアーの加那(中尾有伽)と認知症の祖母・紀江(研ナオコ)がはじけるような笑顔を見せている。
「SNSでこのポスターを目にした若い人たちが『可愛い!』『エモい!』と少しでも興味を持ってくれたら…という狙いがあります。あえて“楽しそうなエンタメ感”を出すというか、本編でも音楽や色彩、編集、テンポを含めてファニーかつポップで楽しい構成を意識しました」
様々な層に届けたいからだという。
「社会的な重い内容を重いトーンで描いている素晴らしい作品もあるけれど、それだとその題材に興味を持つ人しか観てくれない。僕としてはシリアスな物事こそエンタメやコメディに変換することで、多くの人に観て考えてもらいたいと思っています」
9年ぶり主演・研ナオコ抜擢のワケ
重度の認知症を患う紀江役に歌手でありタレントの研を抜擢したのも、意外性とエンターテインメント性を重視したから。
「認知症、介護という重いイメージを軽々と乗り越えてくれるファニーなキャラクター性の持ち主であり、この作品が目指すポップさや快活さを体現してくれるのは誰か?そう考えた時に閃いたのが、研ナオコさんでした。ダメ元でオファーしたところ、快諾してくれました」
その閃きが間違っていなかったことを、岡﨑監督は撮影初日から実感した。
「僕ら若いスタッフにもざっくばらんに冗談を言って笑わせて、現場を自然と温めてくれる。若輩者の僕に対しても『私のことをベテランだとは思わず、監督としてしっかりと演出してください』と対等に接してくれました」
芸歴55年の神髄
喜劇と悲劇を行き来するかのような、研の芝居のふり幅にも感激した。
「研さんは『私は芝居のプロではないから…』と謙遜されますが、カメラのアングルに入った瞬間にシーンの全てを面白くする才能はずば抜けています。アドリブにおいても即興コントで培われた勘というのか、カメラの前で放たれる天性のものがあまりにも凄まじく。芸歴55年のキャリアを見せつけられました。紀江のファニーな面はタレントとしての能力で、深みのある面は研さん自身の人生観で補完してくれる。すべてにおいて文句なしの主演俳優でした」
岡﨑監督の祖父は、昭和のエンタメ界を代表する重鎮・永六輔さん。聴衆を楽しませながらも、心に何か大切なものを灯す。岡﨑監督のスタイルにもそれは引き継がれている。
「観客の皆さんにはこの映画を楽しく観てもらえると思います。でも映画を観終わった帰り道にふと自分の家族の事を考える。電話をする人、直接会いに行く人もいるかもしれない。悲しい事に人生には別れがつきもので、もしかしたらその電話や再会が最期になることだってあるかもしれない。でも疎遠だった家族と久しぶりに話せた、会えた。忘れられない人生の大きな思い出のきっかけが『うぉっしゅ』だとしたら?それこそ映画を興行する以上の価値があると思っています」