Aさんの父親は長年勤めた会社を定年退職した後、趣味として小説を書き始めました。最初は友人たちに見せる程度でしたが、少しずつ人気になり電子書籍として販売することになりました。大ヒットしたり世間の話題になることはありませんでしたが、毎年わずかながらも印税が振り込まれる程度には売れ続けています。
それから数年が経ち、Aさんの父親は突然の病気でこの世を去りました。一人っ子だったAさんは悲しみに暮れる母親と共に、父親の遺産整理に取り掛かります。書斎の整理をしていると、父親の小説の原稿や、出版社とのやり取りの書類が見つかりました。
そのとき、ふとAさんは「そういえば父さんの小説の印税はどうなるのだろう?」と思いました。父親の遺産を相続する中で、この印税の扱いについて疑問が湧いてきたのです。
Aさんは母親と相談し、父親の印税について調べることにしました。Aさんは父親の作品が今後も読み継がれることを願いつつ、同時に法的に正しい対応をしたいと考えていました。印税が相続できるのか、できるとすればどのような手続きが必要なのか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。
ーAさんは父親の印税を相続できるのでしょうか
Aさんは父親の印税を相続できると考えます。著作権は著作者の人格を保護する「著作者人格権」と、著作物から得られる経済的利益に関する「著作財産権」に分けられます。印税収入は著作財産権に含まれるため相続対象です。一方で、著作権者の著作物を公表するかどうかを決定するといった著作者人格権は著作者に一身専属的に帰属するものであることから、この部分は相続できません。
ー著作権を相続するのに特別な手続きは必要ですか
著作権は創作によって権利が生じるものであり、相続にあたって基本的に登録などの特別な手続きは必要ありません。ただし、著作権は分割協議の対象財産であることから共同相続人が存する場合、後日のトラブルを防ぐため遺産分割協議書を作成した方が無難です。著作権法上は登録制度も設けられているので、登録されている著作権は登録事項を記載して特定した方がよいでしょう。
なお、2019年7月1日以降の相続では、法定相続分を超える著作権の相続について登録しなければ第三者に対抗できなくなりました。印税が高額で財産としての価値が高い場合には財産を保全する観点から注意が必要です。
ー相続人がいない場合はどうなりますか
この場合の相続財産は最終的に国庫に帰属するのが通常ですが、著作権の場合は異なる取扱いとなります。著作権法では「著作権者が死亡し、著作財産権が国庫に帰属すべきこととなる場合には著作権は消滅する」(著作権法62条1項一号)と定められています。よって相続人のいない著作権は遺言書で遺贈されることがなければ消滅します。なお、特定遺贈においては文化庁の著作権登録原簿に登録しなければ第三者に対抗することはできません。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士 長崎県諫早市出身。大阪府茨木市にて開業。前職の信託銀行員時代に1,000件以上の遺言・相続手続きを担当し、3,000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ事務所を開所し、相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも尽力している。