かつては白昼堂々路上で博打を打っている人がいたり、昼間でも独り歩きが危険と言われたりもしていた大阪市西成区の釜ヶ崎。“地図に無い街”とも呼ばれた地域が今、アートで変わろうとしている。
「Study:大阪関西国際芸術祭」を通じて釜ヶ崎でのアート活動に携わり、アートを活かした社会問題の解決も目的とした事業に取り組む株式会社アートローグ代表取締役CEOの鈴木大輔さんに聞いた。
街にアートが入ってから雰囲気は確実に変わってきた
西成区の北東に位置する簡易宿泊所街は「釜ヶ崎」と呼ばれるが、正式な地名ではない。1966年に行政と報道機関が取り決めた名称の「あいりん地区」とも呼ばれる。男性でも昼間の独り歩きは危険と言われるほど治安の悪い地域だったが、それは昔の話。今ではすっかり様変わりしているという。
2007年に当時の大阪市立大学(現大阪公立大学)の都市研究プロジェクトの一環として、地域の課題解決に向けた取り組みが始まった。これに関わったいくつかのNPO法人の中に「釜ヶ崎の街をひとつの大学にみたてて、学び合いたい人がいればそこが大学」「出会いと表現の場」として活動する「NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)」があった。
鈴木さんは起業前、そのプロジェクトにも大阪市立大学の研究員として活動を共にした。
「社会に対してコミットできなかったり、あまり人付き合いが上手にできなかったりして社会参加の難しい人たちが、アートによって自信を取り戻す可能性を感じました」
アートを通じて社会にもう一度コミットさせる活動に携わった鈴木さん。イタリアでの事例が参考になったという。
「受刑者が刑期を終えて出所しても、社会に適応できないせいで再び犯罪に手を染めて刑務所へ戻ってしまう例が多い。そういう可能性のある人たちに、演劇活動をさせたそうです。仕事をしたがらない人でも、演劇は楽しいから稽古にやってくる」
そのような受け皿をつくることで、犯罪発生率を抑えようという取り組みだ。
釜ヶ崎ではアートで自己表現する場が用意された。缶ビールの空き缶でからくり人形をつくるおじさんがいたり、箪笥店の空き店舗を利用して活動するkioku手芸館「たんす」では高齢の女性たちがデザインして洋服をつくったりして、釜ヶ崎に住む人たちが思い思いに表現する場になっている。
アートの成果を正しく測定することは難しいが、釜ヶ崎で様々なアート活動が始まってから前後を比べると、街の雰囲気は明らかに変わってきたそうだ。独り歩きに危険を感じることがなくなり、家賃の安い釜ヶ崎に活動拠点を移すアーティストもいるという。
「釜ヶ崎は労働者の街という役割を終えて、日雇い労働者や路上生活者が減りました。治安が改善した要因のひとつに、アートが機能しているだろうと信じて活動しています」
人が犯罪に走る動機のひとつに、社会から排除されている疎外感や経済的な困窮があるのではないかと分析する鈴木さん。
「コミュニケーションツールとして、アートが良い方向へ機能すると思います」
ちなみに鈴木さんが代表取締役CEOを務める「アートローグ」の社名は、アート(Art)とダイアログ(Dialogue)を掛け合わせた造語で「アートによって対話を生み出していく」との想いが込められている。
今後の釜ヶ崎は、どう変わるのだろうか。
「5年後には、街の景観や役割が大きく変わっているかもしれません。新しい建物が増えることで、さらに多様な人々が集う場所になっているかもしれないですね」
来年は大阪・関西万博が開催される。鈴木さんは、万博の開催期間と同じ時期に開催されるアートイベント「Study:大阪関西国際芸術祭2025」の総合プロデューサーも務めている。
2025年4月13日~10月13日の間、万博会場内のほか市内各所(一部は松原市)の会場で展示やコンテストが行われ、アートによる都市の活性化を目指すという。
釜ヶ崎の変貌と共に、アートを通した国際交流にも注目したい。
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株式会社アートローグ
Study:大阪関西国際芸術祭2025