米中対立や台湾情勢、ウクライナ侵攻など世界の分断はいっそう顕著になり、国連安全保障理事会の機能麻痺は既に回復不能なところまで来ている。ウクライナ問題で決議を通そうとしても、それにはロシアが拒否権を行使し、紛争が激化する中東でも、イスラエルを非難するような決議でさえも米国はそれを通すことを許さず、世界の安全と平和に対する役割を安保理に託した国連憲章の権威もどこかへ消え去ってしまったかのうようだ。
そして、世界の分断という問題はASEANでも顕在化している。ASEANというと地域的協調・協力、地域的一体性というイメージが先行するが、米中対立やウクライナ侵攻などの影響を受ける形で、各国によって独自の路線を突き進み、ASEANで1つの答えを見出すということが難しくなってきている。
例えば、フィリピンは新米路線に舵を切っている。フィリピン政府は4月、北部ルソン島から西に200キロ離れた南シナ海にあるスカボロー礁と呼ばれる岩礁付近において、フィリピン漁船を支援していた漁業水産資源局と沿岸警備隊の巡視船2隻が中国海警局の公船4隻に挟まれ、航行を妨害された後に追突されたり放水銃を浴びせられたりし、操縦室や手すりなどに大きな損傷が及んだと明らかにした。同様のケースが断続的に発生しており、中にはフィリピン船の乗組員が負傷するケースも見られ、同国のマルコス大統領は安全保障面で米国との関係を強化するなど、米国寄りの姿勢を鮮明にしている。
反対に、ラオスやカンボジアとったASEAN加盟国は、中国寄りの姿勢に徹している。ラオスは長年中国から多額の財政支援を受け、経済発展やインフラ整備などを強化し、近年では首都ビエンチャンと中国南部・昆明を結ぶ高速鉄道が中国の資金によって完成した。今日、ラオスはASEANの中でも最も中国からの影響を強く受け、その外交姿勢も当然ながら親中的であり、昨年7月には米国にいる家族に会うために中国を出国した人権派の弁護士が経由地のラオスで現地警察に拘束されたが、拘束理由は明らかになっていない。
カンボジアも同様に中国による一帯一路プロジェクトの影響を受け、湾岸施設や交通インフラなどの建設などを強化し、多くの中国企業がカンボジアに進出している。首都プノンペンを通る環状道路は習近平国家主席の名前を冠した習近平大通りと命名され、カンボジアの学校では英語より中国語が重視されるケースも珍しくなく、フィリピンとは全く異なる外交姿勢がそこにはある。
一方、ASEANを含むグローバルサウス諸国の間では、米中対立やウクライナ戦争など大国絡みの争いへの不満や懐疑心が拡大している。ASEANで最大の人口を有するインドネシアの政府高官らは、米中はASEANを新たな冷戦の主戦場にするべきではないなどと大国に不満を断続的に示しており、それとは距離を置く姿勢に徹している。インドネシアでは10月20日、ジョコ前政権で国防大臣を務めたプラボウォ氏が新大統領が就任したが、プラボウォ大統領は如何なる軍事同盟にも参加せず、どの国とも友好な関係を保ついというジョコ前政権の全方位外交(非同盟外交)を継続する考えを示した。インドネシアは国益を第一に大国間対立とは一線を画し、中国に寄り過ぎない、米国にも寄り過ぎないという、フィリピン、カンボジア、ラオスとは異なる第3の選択肢に徹することだろう。
今後各国でどういった政権が誕生するかによっても、中国との距離感、米国との距離感に変化が出てくると思われるが、今日のASEANは一体性溢れるものではなく、親米、親中、非同盟という3つのベクトルが内在する状態と言えよう。