「佐賀に来て1番驚いたのは『を』の読み方を『うぉ』と読むこと。
当時、家族に読みは『お』と同じだよって言ったら四面楚歌になったw」
北海道出身の大江直人さん(@artticohe)がThreadsに投稿しところ、「佐賀じゃないけど、うちも“うぉ”」「うぉって読むの??」など、様々な反応が寄せられました。はたして、これは地域によるものなのか? 大江さんと、国語学・日本語学の名誉教授に取材しました。
佐賀に住んで14年目、初めて気づいた…
大江さんは20年間札幌で育ち、神奈川県で7年間過ごした後、佐賀県・長崎県・福岡県で美容室を経営。佐賀県伊万里市に住んで14年目ですが、「を」は「うぉ[wo]」ではなく[お[o]]と発音するのが当たり前といった認識だったそうです。
そんなある日、お風呂場に貼ってある50音の練習ボードで5歳になる息子さんに「を」について「これはなんて読む?」と聞いてみたところ、[wo]と読んで衝撃を受けたのだとか。
「5歳児が何故にローマ字読みを知ってる???え…天才!?ってなりました」と大江さん。息子さんはこの読み方を学校で習ったそう。奥さんも子どもも全員佐賀出身。大江さんが「を」を[o]と読むことを伝えると家族全員から散々馬鹿にされたとのことでした。
「この話を美容室のお客様に話すと必ずみなさん信じられないって顔をされます。佐賀ではほぼ[wo]だと思います。もし仮に[o]と読む方がいたら村八分に遭いそうです笑」
「広辞苑 第七版」(岩波書店)を引くと、「を」について【五十音図ワ行の第五音。平安中期までは「う」に近い半母音[w]に母音[o]を添えた[wo]だったが、現代は「お」[o]と同じに発音する】と書かれています。
かつては「を」も「お」も[wo]→江戸時代後半に変わった!?
大江さんの投稿を受け、「を」にまつわる発音について、愛媛大学で長年、国語学・日本語学について研究をされてきた佐藤栄作名誉教授にお話を伺いました。
――「を」の読み方が2種類があるようなのですが、これはどういった流れから?
もともと、「を」はワ行のオ段の仮名ですから[wo]を表したと思われ、「お」はア行のオ段の仮名ですから[o]を表していたと思われます。
しかし、仮名が成立したとされる平安時代には早くも、同じ語を「を」で書いたり「お」で書いたりする例や、元「を」だった語が「お」で書かれたり、その逆があったりします。それで、両者は同じ音を表すようになったとされるのです。そして、その音は、[wo]であったことが有力です。つまり、この段階では「を」も「お」も、[wo]だったのが、江戸時代の後半には、[o]に変化して、現在に至っているという流れです。
ところが、標準的な日本語のはずの東京でも、「を」は[wo]だという人がかなりいますし、全国に相当数の「を」=[wo]の人がいるようです。
――現在、[o]と[wo]の2つ発音がある理由は?
二つあると考えています。
一つは、江戸時代に生じた[wo]→[o]の変化が遅れていた地域があり、そのまま明治時代になって、「旧かなづかい」を学ぶようになったとき、「『を』と『お』とは仮名が違うのだから、発音も違う」という考え方から、「を」は[wo]で残り、「お」だけ[o]になったのではないか?ということ。
もう一つは、[wo]→[o]の変化は進んだけれど、戦前までの「旧仮名遣い」や戦後の「新仮名遣い(現代仮名遣い)」を習得するために、「を」を[wo]と発音するように教えたのではないか?ということです。
私は両方が重なっているのではないかと思っています。また、九州や四国の一部では、[wo]→[o]への変化が遅れた可能性があります。
これから「を」の読み方はどうなっていくのか?
――投稿主さんのお子さんは、読み方を学校で学んだとのことでした。
都道府県によって発音が違っていることは、やはり仮名遣いに対応するための「教育の力」ではないかと想像します。
たとえば、「を」に呼び名がある県があります。「くっつきのo」、「下のo」、「かぎのo」、「重たいo」、「腰曲がりのo」、「小さいo」、「難しい方のo」など。こうした呼び名があるということは、「を」と「お」が同じ読みになっているからです。そして、こういった呼び名のない県では、「を」を[wo]と読むことで、「お」と区別したと考えられます。
――なるほど、発音がどちらも[o]の県には「を」に呼び名が!
私が以前、新聞などで「『を』を[wo]と読むのは『方言』だ」と発言した時、東京都、神奈川県、茨城県、九州地方、静岡県、愛知県、長野県などの方から、「『を』は[wo]に決まっているのに何を言っているんだ」という批判がありました。しかし「を」=「重たいo」と呼び名がある栃木県の方からの批判はありませんでした。
「『を』はワ行のオ段なので、[wo]である」というのは理論上は正しいので、そのように小学校や親から教わればそう身に付くでしょう。現在、日本全国で、何割の人が「を」=[wo]なのか、私は調査していませんが、東京都、神奈川県などには「を」の呼び名がありませんから、「を」=[wo]と読む人は増えていると予想します。そっちが多くなっていくかもしれません。
――「を」のアルファベット入力の影響はいかがですか?
「を」を打ち出すために「w」「o」を打つことで、発音もそうであると思う人がいても不思議はありません。ただし、香川県出身で「を」の発音が[o]の私は、「w」「o」と打ち続けていますが、発音は[wo]になったりしません。変化を促すというより、「を」=[wo]と身に付けた人にとって“これが正しいのだ”という根拠になっているのではないかと思います。
――この先も「を」には「o」と「wo」の発音が混在していくということですね。
現代仮名遣いは、今後も「を」と「お」とを使い分けますから、これへの対応は継続すると思います。「を」の呼び名がないところでは、「を」は[wo]だと習得している先生はそのように教えていくでしょう。そうすると、先程述べたように、「を」=[wo]の日本人は増えていくのではないでしょうか。
◇ ◇
今回の投稿に、
「私は東北出身で旦那の地元の長崎県に住んでいますが、子供たちが小学校で「を」を「うぉ」と習ってきていたので、「お」と区別するためにかな?令和になって指導法が変わったんだなとか思ってました」
「母に『うぉ』と教えられましたが神戸で育ったので幼稚園で『お』と習いました。母は佐賀出身でした。長い間の疑問が解けました」
「おもしろいですね!woと思ってました~ 『これを』って喋るときは①koreo ②korewoどちらなのでしょう?ちなみに私は②です。じつは『お』が少数派なのでは…?」
「名古屋育ちの俺ですが、マジで?と思って嫁に聞いて見たらやはりウォやったw長崎もそうらしいw」
「宮崎出身ですがをはwo(うぉ)だと思っていました」
など、ご自身や家族の「を」発音と比較したコメントが続々。やはり出身地によって2つに分かれるようです。
筆者(岡山県出身)も「を」→[o]の発音なので、大江さんの投稿に「佐賀では[wo]!?」と驚いたのですが、佐藤名誉教授のお話を聞き、「を」に呼び名があったり、[wo]の発音の人が今後も増えていくかもしれないという見解が非常に興味深かったです。現に大阪で育っている子どもたちに聞いてみると二人とも「『を』は[wo]って読むに決まってるやん!」との回答が。
ひらがな1文字にも長い歴史があり、使い方は同じでも日本中あちこちで読み方に違いがあるのも面白いですね。
【大江直人さん関連情報】
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