「最近、一人旅のご利用が増えています」。宮城県栗原市、栗駒山麓の麓にある旅館「温湯(ぬるゆ)温泉 佐藤旅館」のSNS投稿が注目を集めています。いいねの数は2.5万を超えるほど拡散。ひと昔前は、一人での宿泊は失恋の傷心旅行かもしれないと断られたり、警戒されたりという話があったのですがーー。
旅館のノウハウゼロ→固定概念なく自由な発想に
旅館を運営する「花山サンゼット」代表、阿部幹司さんの前職は保育士。度重なる地震により休業中だった歴史ある同旅館を2018年に引き継ぎ、再建しました。
「旅館のしきたりやノウハウがゼロだった」という阿部さんは、古くは一人客NGの旅館があったことを知らずに「お一人で泊まりたい人がいるのであれば、それを提供するのがサービス業。お一人のお客様でも大歓迎です」と快く受け入れ。予約ページでは「1室1名」が選べるようにしました。
阿部さんから全幅の信頼を置かれるのが、同旅館のSNSを担当するフリーランスデザイナーの五十嵐千裕さん。自分のペースで気ままに旅ができる一人旅が好きで、日本一周の経験もある若き旅の達人です。
そんな五十嵐さんは7月末、SNSを眺めながらこんなことを感じました。「日常に疲れた人が多い」。そこで旅館のSNSを通じて呼びかけました。
「最近、一人旅のご利用が増えています。お一人のお客様は、自然と温泉に癒されながら、非日常空間でゆったりとお過ごしいただいています。忙しい日常に疲れている方、ぜひ当館の温泉と料理に癒されに来てくださいね」(佐藤旅館の投稿から)
投稿は予想以上に受け、翌日から立て続けに一人客からの予約が入り始めるように。さっそく宿泊したという利用者からはネット上で感想が届きました。
人手不足…仕方なく続けたスタイルが喜ばれ
「温泉旅館の一人旅需要の大きさに驚いています」という二人。意外だったのは、人手不足のために仕方なく続けてきた「布団はあらかじめ敷いています。部屋へのご挨拶も伺いません」というスタイルが喜ばれたこと。ほかにも部屋食や簡素な夕食、放置しておいて欲しいといったリクエストも寄せられるようになりました。
阿部さんは「お一人でフットワークよく動かれている方が増えているなと感じています。お客様の中での価値観が変わりつつあるのかなと。昔のような温泉旅館のフルサービスは求められないのかなと思います。昭和は昭和の価値観、令和は令和の価値観でと思っています」。
五十嵐さんは「山奥の旅館に来て、部屋で自由に過ごしてもらってもいいし、自然豊かな旅館周辺を散歩してもらってもいいし。『何もしない時間』を佐藤旅館に来て楽しんでいただけたらうれしいです」と話しました。
なお、館内はWi-Fi環境もあり、ワーケーション(旅先で余暇を楽しみながら働く方法)も可能。同旅館では「いつもと違う場所で仕事がしたいという人や、クリエイディブな仕事をする人にも来てほしい。都会とは違った場所であらたなアイデアが浮かぶかもしれません」とアピールしています。