都内のアパレル会社で管理職をしているBさん。仕事が命の彼女は50代になった今でも独身で、四国にある実家に帰省することもほとんどありませんでした。実家には年老いた彼女の両親と、Bさんの兄とその一家が同居しています。
しかしBさんの兄は5年前に不慮の事故で亡くなり、年老いた両親の世話はBさんの兄嫁であるCさんがしていました。Bさんは直接的に両親の世話をすることはなかったものの、自分の給料から定期的に仕送りをしている状況です。
また2年ほど前からBさんの両親は介護が必要な状態になります。Cさんが献身的に2人の世話をしていたものの、徐々に体調が悪化し、両親はほぼ同時期に亡くなるのでした。
その後、両親の財産はBさんとCさんの子どもに相続されることになるのですが、両親ともに遺言書を作っていなかったため、相続人たちで遺産分割協議をおこなうことになります。
協議のなかでBさんは「実の娘だから多く貰って当然でしょ!」と強気な発言を繰り返します。対してCさんは兄嫁なので相続人ではないものの、Bさんに対して「2人の面倒を押し付けておいて、遺産を多く受け取ろうとするなんてひどい!」と怒りが抑えられない様子です。Cさんの反論に激昂したBさんは「相続人じゃないあんたは黙ってな!意見するな!」と怒鳴りつけます。
このままでは遺産分割協議が難航すると思われたなか、Cさんが「確かに私は相続人ではありませんが、2人の世話をしてきたことで特別寄与料が請求できるのはご存知ですか?」と口にします。Cさんが話した特別寄与料とは何なのか、Bさんは無事に遺産を受け取ることができるのか、北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。
ーCさんが話した特別寄与料とは何ですか
ご両親それぞれの相続において検討する必要がありますが、便宜上同時死亡とし、また、Cさんにはお子さんがいない前提で以下に説明します。
特別寄与料とは、2019年度の民法1050条の改正で創設された制度で、介護やそのほかの貢献により、財産を維持または増加させた相続人以外の親族が金銭を請求できる法的枠組みです。
もともと「寄与分」制度はありましたが、遺留分権利者以外には認められませんでした。しかし2019年度の改正によって、Cさんのように先に相続人である夫が死亡している場合でも遺産を取得できるようになります。
今回の場合、Cさんは義両親の介護が無償、継続的、専従的であり、特別の貢献に該当し、財産の維持又は増加に貢献したと評価可能な場合には、特別寄与料を請求できると考えられます。
ーどれくらいの金額を請求できるのでしょうか
明確な相場はありませんが、家庭裁判所による審判においては介護の特別寄与料は「介護日数 × 介護報酬相当額 × 裁量割合」という計算式によって求められた額が参考となっています。
介護報酬相当額は、介護保険における「介護報酬基準」を参考に定められることが多く、1日あたり5000〜8000円が目安になります。裁量割合は裁判所が個々の事情を勘案して判断し、0.5〜0.8を目安として設定されます
Cさんの場合、仮に介護報酬額を6500円、裁量割合を0.7とすると1日当たり4550円と計算されます。2人を約2年間介護していたということであれば、600万円以上請求できます。ただし、遺産総額を上回るほどの請求はできません。
ーBさんが遺産を受け取れない可能性もありますか?
Bさんの両親が遺した遺産の総額がいくらかにもよりますが、もし総額が600万円以下であれば、相続人の遺留分権を侵さない範囲で、特別寄与料として支払う必要が生じる可能性があります。
また話し合いがまとまらない場合、家庭裁判所の判断により決着をつけることになります。家庭裁判所では「一切の事情を考慮して」特別寄与料の額を定め、支払いを命じますが、法律上明確な規定はないものの、この「一切の事情」のなかには遺留分権利者の利益も考慮し家庭裁判所は判断するものと解されます。
したがって、遺産総額が仮に400万円の場合は相続人Bの遺留分相当額200万円を差し引いた200万円を特別寄与料として家庭裁判所が支払いを命じる可能性が高いと考えます。
また、総額が仮に800万円の場合は、相続人Bの遺留分相当額400万円を差し引いた400万円を特別寄与料として家庭裁判所が支払いを命じる可能性が高いです。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士 前職の信託銀行員時代に1,000件以上の遺言・相続手続きを担当し、3,000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ事務所を開所し、相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも尽力している。