総務省が今月6日に発表した2023年の家計調査で、滋賀県大津市は「コーヒー」の消費額が3年連続で全国1位となった。市内では近年、コーヒーの豆を焙煎(ばいせん)する店も急増している。専門店を訪ね、大津市民の「コーヒー好き」の背景を探った。
調査は、全国の県庁所在地や政令市の計52市が対象。コーヒーは豆や粉になった状態で販売されたもので、缶コーヒーなど液体の「コーヒー飲料」や、喫茶店でのコーヒー代を含む「喫茶代」とは区別している。
23年の2人以上世帯のコーヒー消費額は、大津市が1万321円で全国トップ。2位は京都市、3位は金沢市だった。
大津市の消費額は、同じく1位だった前年より476円、21年より949円増えている。
3年平均のランキングを見ると、大津市は2011~13年の消費額は5672円で22位だった。
だが、14~16年に3位に浮上すると、以降は1~3位をキープ。最新の21~23年の消費額は9846円と10年前の2倍近くになっている。
そのヒントを探ろうと、JR瀬田駅(大津市大萱1丁目)近くに店を構えて20年余りとなる自家焙煎コーヒー店「マウンテン瀬田」に向かった。店長でコーヒーマイスターの資格を持つ大林千春さん(50)が迎えてくれた。
店では約30種類の豆を扱う。豆の個性を引き出す「直火式焙煎機」が自慢で、1日平均して3時間ほど焙煎作業に打ち込む。
客のリクエストを細かく聞いて豆を選び、自宅でのひき方やたて方、保存方法なども助言。ドリンクはテイクアウトでき、ポットやドリッパーといった器具も販売している。
大林さんが「コーヒー消費額全国1位」のニュースに触れたのは昨年のこと。「知って驚きました。お客さんとも時々話します」
まず、新型コロナウイルス禍で「おうち時間」が増えたことで、自宅でこだわってコーヒーをたてる人が多くなった、と指摘。なかには、いりたての豆の風味を求めて自宅で焙煎に挑戦する人もいるという。
客層は幅広いが、近年は特に20~30代の若者が増えていると実感している。大津市は京都市内の住宅価格の高騰などを背景に、マンションの建設ラッシュが続く。子育て世帯を中心に移り住む人が多く、店の周辺でも新しいマンションの工事が進む。
同店では中煎り、中深煎りが中心だが、コーヒー業界の潮流として、浅いりが若者を中心に好まれるようになっているという。「コーヒーが苦くて敬遠していた人たちにとっても、フルーティーな香りで紅茶のような感覚の飲み物になってきているのではないでしょうか」と推察する。
また、大津市は「パン」の消費額も22年に全国1位、23年も3位に食い込んだ。大林さんは「コーヒーとパンはとても相性がいい。どちらが先なのかは分かりませんが、絶対に関係あるでしょう」と相乗効果を語る。
ちなみに、記者は京都市在住。京都こそ「パンとコーヒーのまち」というイメージが強かったが、どちらも消費額は大津市が上回る。
大林さんは「特に対抗意識はありません。お客さんの『おいしい』の言葉が一番うれしい」と笑顔を見せた。
家計調査を巡っては、2月6日の発表直後にニュース速報が飛び交った。
特にギョーザは、今回1位になった浜松市だけでなく、宮崎市、宇都宮市の「3強」がしのぎを削る(大津市は5位)。
ラーメンで2年連続1位の山形市は、2023年2月8日に山形市長が「ラーメンの聖地、山形市」を宣言。同日を「ラーメンの日」とするなど官民挙げてPRに余念がない。
それに比べ、大津市のコーヒーは3年連続トップになってもそれほど注目されているとは言い難い。同市に問い合わせても、「今のところ特に動きはない」(観光振興課)。
マウンテン瀬田の常連客の会社員、佐々木俊哉さん(60)=大津市三大寺=は「行政も本腰を入れて宣伝してほしい」と期待する。
佐々木さん自身は1日10杯以上コーヒーを飲み、職場にも自宅でいれたコーヒーをボトルに入れて持参している。「職場でも『あそこの店のコーヒーがおいしい』という会話をするようになったし、焙煎所がかなり増えているとも聞いています」
実際、大津市保健所によると、コーヒーの豆や粉を製造販売している施設は2021年末時点で11だったが、23年末には37と3倍以上になっている。
京阪大津京駅からほど近い場所にある「自家焙煎珈琲所 猫とめがね」(大津市山上町)も2022年オープンの新しい店だ。
店主の山田健之さん(37)は大津市で生まれ育った。県内のカフェ巡りが長年の趣味で、やがて自ら焙煎するように。コーヒー豆の通販を経て、自身の店を開いた。
大津での出店にもこだわりがあった。「京都に近いけど、京都より人が多くなく、住むのにちょうどいい場所。好きな地元でできればと思っていた」
大津市がコーヒー消費額トップになったことについては「昨年(発表分)も1位になっていたので今年(発表分)も『そうなったか』という感じでうれしい」と笑みを浮かべる。
焙煎所が急増している要因として、焙煎機が操作しやすくなったり、コロナ禍をきっかけに働き方が変わったりしたことが影響しているとみる。琵琶湖の景観や古民家を生かすなど個性が光る店もあるとし、県外から移る人もいるという。
ライバル店が多くなるが、「大津がコーヒーで盛り上がるのはいいことでは」と前向きに受け止めている。
店で提供している「本日のコーヒー」は、一杯400円に抑えながらマグカップにたっぷり入ってお得感がある。「ハードルを下げてまずは試していただき、おいしいと思って定期的に豆を買っていただけたらうれしい」
妻の貴子さんが作るマフィンやチーズケーキなど、コーヒーに合うスイーツ類も用意している。
一方で、原材料費や燃料費の高騰に伴い、昨年春に価格改定を余儀なくされた。山田さんは店を始めるまでは会社勤めで、接客自体が初めての経験。試行錯誤が続くが、「コーヒーの対価としてお金をいただき、こちらが感謝する立場なのに、逆に『ありがとう』と言われることに驚いたし、やりがいを感じる」と思いを込める。「スイーツの種類も増やし、地域の人に愛される店にしたいですね」
家計調査 総務省によると、国民生活の実態を明らかにし、国の経済政策などに役立てることが目的。市別の公表分は県庁所在地と政令市の52市が対象。1市当たり96世帯以上を無作為抽出し、家計簿を基に503品目に分類。大津市の消費額1位(23年)はコーヒー以外に「コロッケ」「ハム」「キャンデー」のほか、ケーキやプリンなどを除く「他の洋生菓子」、アンパンやカレーパンなどの「他のパン」。「焼酎」は全国最低だった。