ロケハンドライバー→主役に抜擢→ベネチア国際映画祭で銀獅子賞 制作側だった大美賀均にすべてがサプライズだった映画「悪は存在しない」

磯部 正和 磯部 正和

 世界三大映画祭の一つであるベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した映画『悪は存在しない』(4月26日から全国公開)。授賞式の壇上で濱口竜介監督と共に写真撮影に応じていたのが、主演を務めた大美賀均(おおみか・ひとし)だ。実は映画製作がスタートしたときは、ロケハンのドライバーだった。驚くべき事実に大美賀自身は「あまり考えないようにしています」と語る。日本公開を迎える直前の率直な胸の内を聞いた。

ロケハンのドライバーが主演俳優を受けた理由

 『偶然と想像』でベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)、『ドライブ・マイ・カー』でアカデミー賞国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞など、国内外で最も注目される濱口監督。最新作『悪は存在しない』では、自然豊かな高原にある長野県水挽町を舞台に、以前から地元に住む住民、移住してきた人、さらにはグランピング場の設営計画のために東京からやってきた芸能事務所の社員などが、それぞれの思いを巡らせていく姿が、大自然と共に描かれる。

 本作で主人公となる森の便利屋・巧を演じているのが大美賀だ。大美賀は『偶然と想像』の現場に制作スタッフとして参加。その繋がりで『悪は存在しない』も制作として携わることになった。最初の仕事は、物語の舞台を探すためのロケハン。大美賀は濱口監督、撮影の北川喜雄と共にドライバーとして各地を巡った。

 大美賀は「2回ぐらいロケハンをしたあと、濱口監督から『出る方に興味がありますか?』と言われたんです」と振り返る。ロケハンの最中、イメージを沸かせるために、大美賀がスタンドインとして立つこともあったというが「まさか自分が演じる側になるかもしれない…なんてことはまったく考えてもいませんでした」と青天の霹靂だったという。

 一方で、濱口監督の提案に惹かれる部分もあった。それは自身が作り手側の人間だから。大美賀は2023年12月に『義父養父』で映画監督デビューしている。

 「監督として作品を作って、自分のなかで『俳優部やスタッフとの意思疎通をもっと図れたのでは』と感じていたことがありました。そのとき他の監督はどうしていたんだろう…という興味があったので、濱口監督の現場で、近い関係性で仕事ができるというのは、大きな魅力でした。俳優としての経験はまったくなかったので不安でしたが、経験豊かな濱口監督の選択に乗ってみるのは、きっと楽しいはずだと」

濱口監督の現場は「とにかく丁寧」

 監督と主演俳優として臨んだ現場。強く感じたのが濱口監督の丁寧さ。

 「ひたすら肯定的な言葉をかけ続けてくださるんです。こちらはやったことがなくて不安なのですが、とにかく『大丈夫です』と勇気づけてくれる。そしてOKが出たあとも、どこが良かったのか、具体的にフィードバックしてくれるので、とてもありがたい。それは僕が初めてだからというわけではなく、他の俳優さんにも、もちろんスタッフさんたちにも同じなんです」

 大美賀自身、制作スタッフとして数々の現場に参加している。どの現場でも濱口監督のような立ち振る舞いや現場での姿勢は「理想としてみんな持っていると思う」と語る。しかし実際は予算やスケジュールの都合などで「なかなか丁寧で大らかにはいられない。どうしても雑になってしまう」という。

 だからこそ濱口監督の「丁寧さ」は特筆すべき点であるようだ。「キャスト、スタッフすべての人に、プレッシャーに支配されないような環境をデザインしてくれるのです。こういう意識を持つ方がトップにいると、すごく現場に活気が出てくると思います」。

 ドライバーから始まり、俳優業、ベネチアでの高評価と当初からは全く想像もしていなかった出来事が続いた。大美賀は「あまり客観的に考えないようにしているんです」とはにかむと「とても得難い経験をさせていただきました。これを活かさなければもったいないという思いがあります」と意気込む。

 俳優を経験したことで「俳優も人間なんだ」と感じたという。「たった一度の経験で言うのもおこがましいですが、俳優だってできないことはできない。それをできると思うのは作り手の驕りなのかもしれない。できて当然という考えは持たないようにしたいです」。

 今回の経験も、非常にサプライズだが、大美賀が映画の世界に入ったきっかけもユニークだ。

 「僕は月に映画を1本ぐらい観る程度だったのですが、ある日友達とユーロスペースの近くでご飯を食べていたとき、映画の話をしていたんです。そのとき横の席にいたのが大森立嗣監督さんたちのご一行でした。僕らの話を聞いていたようで、大森監督が『坊ちゃんという映画が明日公開だから観に来なよ』と声を掛けてくれて。観に行ったとき、ビラ配りとかを手伝うと、そのままチームに混ぜてもらって現場に行くようになったんです」

 そこから映画の世界に入って今日に至るという大美賀。今後も俳優としてのオファーがあれば「前向きに」というが、やはり思いは作り手として作品に携わることだという。『悪は存在しない』について「石橋英子さんの音楽がとにかく素晴らしい。その音楽に乗って、その場で起きたことを気持ちよく受け入れていただければ」と語っていた。

<大美賀均プロフィール>
1988年生まれ。桑沢デザイン研究所卒。助監督として大森立嗣監督『日日是好日』、エドモンド・ヨウ監督『ムーンライト・シャドウ』等に参加、濱口竜介監督とは『偶然と想像』で制作を担当。2023年、自身の初監督中編『義父養父』が公開された。

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