「最低最悪」主演俳優が罵った衝撃作『八仙飯店之人肉饅頭』から30年 アンソニー・ウォンの心変わりの理由は日本にあった

石井 隼人 石井 隼人

時が経てば人の気持ちも変わる。

現在公開中の映画『白日青春-生きてこそ-』に主演している、アジアを代表する名優アンソニー・ウォン(62)。そんな彼の顔と名前を一躍広めたのは、“最狂”の香港映画として未だに恐れられている『八仙飯店之人肉饅頭』(1993年)だろう。エロ・グロ・バイオレンスのつるべ打ちで、日本では劇場公開不可の烙印を押されたほど。鬼畜熱演が評価されて香港のアカデミー賞で主演男優賞を受賞したウォンでさえ「最低最悪な映画」と唾棄しているのだから相当だ。

キング・オブ・香港カルトムービー

日本では2015年に『90年代香港Ⅲ級片映画特集 スーパークレイジー極悪列伝』の一作として念願の劇場公開が実現し、DVD-BOXも発売。『八仙飯店之人肉饅頭』への好事家たちの高評価は時代と世代を超えて維持され、キング・オブ・香港カルトムービーの地位を譲らない。製作から早30年。ウォン自身は『八仙飯店之人肉饅頭』をまだ嫌いなのだろうか?来日した本人に恐る恐る聞いてみた。

『八仙飯店之人肉饅頭』は、マカオで実際に起こった事件をベースにして作られた。八仙飯店の従業員の男(ウォン)が金銭のいざこざから店長一家を惨殺。バラバラにした死体を饅頭の具材にして客に食べさせる顛末が描かれる。

「日本でビデオが発売された当時、日本のどこかであの映画を真似て人を殺して食べた事件が起きたという話を聞いたが…。それは本当かい?」と真偽不明な情報に胸を痛めている様子のウォン。

200作品を超える映画に出演し、ハリウッドにも進出した名優にとってはやはり黒歴史なのだろうか?

「あの作品のインパクトが強烈過ぎて、一時期は同じようなジャンルの作品ばかりからオファーが殺到したこともある」

人生とはかくも不思議なもの

約3年ぶりの念願の来日に嫌なことを思い出させてしまったのかもしれない。だが恐縮するこちらに対してウォンは「いやいや、今はまったく気にしていないからどんどん聞いてくれ」とウェルカム。『八仙飯店之人肉饅頭』での血まみれ短髪眼鏡とは大違いの柔和さだ。

「残酷系作品からオファーが殺到したことへの葛藤はない。もちろん嫌な気持ちはあったよ。でもお金をもらえればそれで良かった。自分の出たくない作品に関わるのは心底嫌。しかし生活をしていかなければならないわけで。いちいち苦悩したって仕方がない。平常心だよ。人生ってそんなものじゃないか」とあっけらかん。

『八仙飯店之人肉饅頭』への「最低最悪な作品」という印象は変わっていないようだが「関わった自分がその作品を毛嫌いしているのに、その嫌ったものがほかの誰かの人生に影響を与えているなんて…。人生とはかくも不思議なものだ」とウォンに哲学的な気付きを与えているようだ。

日本でのソフト化には感心するものがあったらしい。

「あの映画のためにDVDを作ったり、シャツだとかのグッズを作ったり。そのどれもが作品に対する愛に溢れている。映画自体は大嫌いだけれど、好きな人が好きなように作ったそのようなグッズは大好きだ」

そしてついに心を動かす。

「あんなとんでもない最低最悪な内容の映画なのに、まるでクラシック映画の古典のような扱いを受けている。でもそう扱われている様子を見ると『あれ?もしかして傑作だった?』と自分自身でも認める様になってきているよ」と笑う。

北野武監督にラブコール

『八仙飯店之人肉饅頭』監督のハーマン・ヤオとは、以降『エボラ・シンドローム~悪魔の殺人ウィルス~』『タクシーハンター』『ザ・スリープ・カース』などの作品を生み出してきた。今こそ、クレイジーコンビ復活を願いたいが「おそらくチャンスはないだろうね。彼は中国で映画を撮っていて、ご存じのように私は中国映画には出演できないから」と残念がる。そう、ウォンは中国市場から排除されている状況にあるのだ。

『八仙飯店之人肉饅頭』支持率の高さもあってか、ウォンは日本が大好きだ。

「私の名前を漢字で書くと黄秋生。日本のファンの皆さんには気軽に“アキ”って呼んでほしいな。それが浸透したら60代にして日本の作品への出演チャンスがあるかもしれないから」と日本進出に前向き。「夢は北野映画に出ること。北野武監督は最高の作品を撮る素晴らしい監督だから」とラブコール。

激動の半生かもしれないが、ウォンは「これからはどんどん外に出ようと思っているよ!」とポジティブに未来を見据えている。

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