江戸時代の殿様が食べた料理って? 41品のレシピ集完成、奉行が残した記録から再現

山陽新聞社 山陽新聞社

 江戸期の岡山藩主らが日本三名園の一つ・後楽園(岡山市北区)で食べた料理を、現代風に再現したレシピ集がお目見えした。その名も「岡山後楽園 殿様の御馳走帖(ごちそうちょう)」。なんとなく高級会席が頭に浮かぶが、いったいどんなメニューが収録されているのか。編集した岡山県、県郷土文化財団などが11月、同園で開いた発表・試食会に参加し、“殿様気分”を味わってみた。

 最初に運ばれてきたのは、彩り豊かな刺し身。薩摩藩の島津氏から養子として迎えられた7代藩主池田斉敏(なりとし)が、1835年に祖父島津斉宣(なりのぶ)を接待したときの本膳の一品だ。タイ、イカ、岩茸(いわたけ)…。高級食材とされる岩茸より目を引いたのが“つけだれ”。刺し身醤油(しょうゆ)に比べ、少しピンクがかっていた。

 当時の料理書を参考にレシピを考案した食文化史研究者の岡嶋隆司さん(63)=同市=によると、酒とだし昆布、梅干しを煮詰め、鰹(かつお)節などを加えた「煎酒(いりざけ)」。江戸後期に醤油が普及するまで、刺し身には煎酒やからし酢を付けるのが一般的だったという。まずは、ぷりぷりとしたタイから一口。煎酒のほどよい酸味が、食材の上品な甘みを引き立て爽やかだ。

 江戸期の後楽園は「御後園(ごこうえん)」と呼ばれ、藩主が賓客をもてなしたり、田植えを観覧したりした際に食事をとった。実際、管理奉行が1732年から140年にわたり、日々の出来事を記録した「御後園諸事留帳」には、藩主らに供された献立がたびたび登場する。

 この点に着目し、後楽園の魅力発信につなげようと、レシピ集は企画された。留帳を読み解き、刺し身をはじめ41品を抽出した同財団の万城あき主任研究員は「当時の調理法や藩主の生活、世相がうかがえるものを選んだ」と話す。

 タイの吸い物にもその視点が息づく。参勤交代を終えた藩主に赤飯や吸い物、お供らに酒の肴(さかな)が出された祝儀にちなみリストアップした。作り方も興味深い。一見、普通のすまし汁だが、こちらも醤油の代わりに味噌(みそ)汁の上澄みを用いており、かすかに味噌の風味が感じられた。

 さらには斉宣を接待した献立から、味噌を敷いた器に、蒸したアワビや湯葉巻きを盛り付けた「敷味噌」。あっさりとした刺し身、吸い物から一転、味噌のしょっぱさと深いコクに箸が進む。「お酒の肴として発展したのが日本料理。吸い物の汁は口をすすぐ程度の量に抑えたり、濃い味と薄味、山と谷を繰り返したりするのも、お酒をおいしく楽しむ工夫なんです」。岡嶋さんの説明がすっとふに落ちた。

 この日試食できたのはごく一部だが、レシピ集にはほかに「玉子は厚く、巾(はば)広く、椎茸は細めにして…」と8代藩主池田慶政の好みに合わせたばらずし、斉敏の義理の姉・寛彰院が月見のおともにした里芋の煮物などを掲載する。

 菓子類もある。一例は湯がいたソラマメを裏ごしし、砂糖や塩を加えて固めた「空豆羹(かん)」。ソラマメは今でも鹿児島県の特産品で、斉敏が藩主になって以降、素材に実家がある薩摩地方の作物が増えたという記録を伝える。それぞれ写真や作り方、エピソードを添えて紹介しており、試食会に参加した文化史学者の神原邦男さん(85)=同市=は「現代の食材の品質や調理技術を思えば、江戸期より格段においしく食べられると思う」。

 「食べておいしいのはもちろん、料理に隠された歴史、ドラマも感じてほしい」と万城主任研究員。現代にもつながる和食文化が花開いた時代、そして殿様の暮らしに思いをはせながら、残りのメニューも食べてみたくなった。

 「殿様の御馳走帖」はA4判フルカラーで22ページ。県郷土文化財団のウェブサイトから500円で購入できる。問い合わせは同財団(086―233―2505)。

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