犬が看取り、猫がおくる…ペットと暮らせる老人ホームでの「奇跡の日常」 人と動物が“共に老いる”感動の記録が書籍化

吉村 智樹 吉村 智樹

献身的に働く介護職員

もう一つ、石黒さんが胸を打たれたのが、献身的に働く介護職員の姿。犬も猫も、人間と同じケアが必要です。仕事量は単純に2倍。「実際はそれ以上になっているように感じました」と石黒さんは語ります。

石黒「入居者の車椅子を押し、食事を用意し、排泄の面倒を見る。そのうえ犬や猫の世話があり、しかも老犬や老猫ならば介護も加わるのですから、たいへんですよ。職員さんの動作が止まっている姿を見たことがないです。なかには衰弱が進み、ほぼ視力を失っている動物もいる。そんな彼らの世話を、淡々と、おだやかにこなしていらっしゃるんです。頭が下がります」

入居者の死後、動物はどうなるのか

さて、やはり気になるのは入居者の死後、「遺された動物たちはどうなるのか」という点です。遺族が引き取ることもありますが、ホームに残る場合もあるのだそう。

石黒「引きとれない理由は、動物とは住めない住環境だったり、お子さんが猫アレルギーだったり、さまざまなケースがあるらしいです。そういうとき、ホームの犬や猫として暮らします。なかには『猫や犬も、かわいがってくれた親の思い出が染み込んでる場所にいたいんじゃないか』と、あえてエサ代を支払ってホームに飼い続けてもらう遺族もいるようですね」

飼い主の死後の動物の飼育費は、遺族が支払うほか、寄付や補助を含めてやりくりしているのだそうです。なかには同じ個室に棲み続け、現在は3人目の入居者と暮らす猫のムギなど、犬の文福のような明確な行動はなくとも、入居者を看取り、おくる犬や猫は、ここにはたくさんいます。

取材を通じ「他人事ではない」と感じた

石黒さんが「さくらの里 山科」を訪れ、まず感じたことは「これは他人事ではない」でした。

石黒「認知症は、急速に進行する場合もあります。そうなると計画的にペット問題の対策ができません。もしも認知症が一気に進んだり手足の自由が利かなくなったりして、犬や猫と暮らせなくなったら、どれだけ悲しいことか。実際、そういった例は少なくないでしょう。ペットとともに入居できる施設は、改めて素晴らしい理念のもとにあるのだと感じましたね」

高級な老人ホームならばペットとの同伴入居が可能な場合がありましたが、福祉行政の一環として安価で入居できる施設は、11年前にできた「さくらの里 山科」しかありませんでした。近年は新たに2か所が誕生したとか。まだそれだけなのが現状です。

石黒「高齢化問題、福祉の問題、保護犬・保護猫の問題がここに集結していて、取材をしていて自分の意識が広がったし、有意義な本が残せたと思います。こういったホームのニーズは今後、さらに増えると思うんですよ。入居を望む人はかなり多いでしょう。若山さんの取り組みがいっそう広く知られ、補助金が増えて各地に新たな施設が生まれ、高齢者が老人ホームで最期まで犬や猫と暮らすことが当たり前な世の中になればいいですよね」

新刊『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』を読み、人が犬や猫を看取り、犬や猫が人をおくる静かな営みが全国に浸透することを願う気持ちでいっぱいになりました。

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▽『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』(光文社)
石黒謙吾/著

『盲導犬クイールの一生』の著者が、刊行後23年目に贈る、静かな感動の記録ふたたび。最期の時まで寄り添う、長年愛した飼い犬、飼い猫。そして、保護犬、保護猫たち。人の死期を悟る奇跡の犬・文福たちと暮らす老人養護施設には、今日もあたたかな時間が流れる。
定価1,760円(本体1,600円)

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