「赤ちゃんに虫歯菌が感染するから、大人と食器を共有しない方がいい」。子育てをする上での定説として広まっているこちらの考え方について、日本口腔衛生学会が「科学的根拠は必ずしも強いものではない」と言及した発表が、話題になっている。X(旧ツイッター)では「知らなかった」「頑張って食器分けてたのに…」と驚きの声が上がり、リリースを紹介した投稿には約8万のいいねが集まった。同学会フッ化物応用委員会の専門医らを取材した。
同学会は8月31日付のリリースで「食器の共有をしないことでう蝕(※編集部注…虫歯のこと)予防できるということの科学的根拠は必ずしも強いものではありません」と発表した。最近の研究で、食器を共有する前の生後4カ月の子どもに母親の口腔細菌が伝播していることが確認されたという。これらをもとに「食器の共有を避けるなどの方法で、口腔細菌の感染を防ぐことを気にしすぎる必要はありません」と呼びかけている。
Q.リリースを発表した理由や背景について教えてください。
A.現在でも、親のミュータンス菌(※虫歯の原因となる細菌の一つ)が子どもに感染することは多くの研究で支持されています。そのため、積極的な親の唾液への接触は、口腔衛生の観点からは推奨されていません。
しかし一方で、過剰に唾液への接触を心配しても、感染予防が本当にできるかは分かりません。厚生労働省や歯科の学会から、親の唾液への接触を禁止するような公的な情報発信は、それほどされていないかと思います。最近、「親の唾液に接触することが子どものアレルギーを予防する」という可能性を示す研究内容について報道されたため、このタイミングで、情報を改めて整理し発信をしました。
Q.食器の共有をしないことは、子育てをする上での定説として広まっていますが、これを示す研究は今までなかったのでしょうか。
A.親のミュータンス菌が子どもに感染するとされていることから、「親と子との食器の共有を避けるように」という情報が日本では出ていました。
ところが、「気を付けていれば感染が予防でき、虫歯は減るかどうか」については十分な研究がありませんでした。虫歯予防のエビデンスという観点ではここが大事になります。いくら基礎的なメカニズムを支持する研究が存在したとしても、実際の人の病気の予防や発生に関係するかどうかは、人の病気の発生に関する研究が重要になります。
このような研究としては、日本で約3000人の3歳児を対象にした研究(2011年に東北大学などが発表)がありましたが、親が感染を気を付けていることと、子どもの虫歯に統計学的な関係が見られませんでした。細菌感染の時期や原因菌が複数であることなどが理由として考えられます。なお海外では、感染することは認識されていますが「親子での食器の共有を避けるように」という情報発信はあまりされていないようです。
Q.今回、X(旧ツイッター)を中心にリリースが広く拡散され「知らなかった」「参考になった」という声が多く上がっています。反響について受け止めを教えてください。
唾液への積極的な接触をすすめるものではありませんが、感染予防のために、親子でのスキンシップが制限されたり、大変な育児の中でより手間がかかるようなことは減らせる部分があるのではと思います。
そして何より、感染予防以上に虫歯予防に効果があると考えられている、甘い飲食物を減らす食生活や適切な歯みがき、そしてフッ化物の応用といった、より確実な予防方法が普及すればと思っています。