「ガタガタの境界線と心理療法の話」
漫画家の三森みささん(@mimorimisa)は、自身が心理療法を受けた体験談を漫画に描き、多くの反響が寄せられました。
ご自身も、虐待や性被害を受けてきたという三森さん。PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状にも悩まされてきたといいます。
「PTSDの症状がひどくて、これが続いたら本当に死ぬなと思いました。とにかく日常生活が過ごせなくなるぐらい脳みそにめちゃくちゃ影響が出ているなと」(三森さん)
過去のトラウマによって、今もなお自分の人生が破壊されてゆく――そのような理不尽が許せないと感じた三森さん、「ここで自分の過去の問題に決着をつけて、自分の人生をちゃんと歩みたい」という気持ちから、心理療法を受ける決心をされたとのことです。
漫画では、三森さんのトラウマ治療の体験を通じて、先生から聞いた話の内容、行われたセラピーの様子、治療後に起きた自身の変化などについて、詳細に描かれています。
自分と他人を守る境界線の話~私とあなたの間には何本?~
通院する心療内科の先生の紹介で、トラウマ治療の専門家のもとを訪れた三森さん。
心理士の先生との面談のなかで、まず大きなキーワードとなったのは、“境界線(バウンダリー)”という言葉でした。
境界線とは、心理学において、「自分と他人を区別する物理的・心理的なライン」のことを指します。それは、身体や責任、感情、思想や価値観など、さまざまなところに存在します。しかし、その境界線が曖昧だと、必要以上の責任を負ったり負わされたり、相手を支配したりされたりといった、人間関係のトラブルや心身の疲労が増えてしまうといいます。
そして、三森さんのように、幼い頃の親子関係に問題があったり、性被害などの犯罪に巻き込まれたりした人は、適切な自身の境界線をもつことができなくなってしまうそうです。
つまり、境界線をもつことは、自分自身のためであると同時に、他者を尊重するという意味でも大事な概念です。
ここで、先生はクイズを出しました。
「私とみささんの間に、境界線は何本あると思いますか?」
一瞬戸惑った三森さん、「1本…………ですよね?」と答えます。
しかし、先生によると、答えは「2本」とのこと。
例えば、一方が相手に対して意見を言った場合。境界線が2本だと、互いの境界線の間でそれを止めることができます。そこに相手の意見を置いたり、考えや価値観の違いを見つめ合ったりすることもできますし、相手は意見を取り入れないという選択もできます。
しかしながら、境界線が1本だとそうはいきません。自分の意見を一方的に押し付け、相手からも感情をぶつけられてしまいます。これではお互いを尊重することができません。
そして、親からの過干渉や虐待を受けながら育ってきた人は、健康的な境界線を身に着けることがなかなかできないそうです。
「そもそも日本は文化的に境界線が曖昧になりやすいのだそうです。そういった意味では、私たちはまず最初に、(境界線について)ある程度の知識を身につけるのは必要なことだと感じました」(三森さん)
怒りは二次感情、相手からの怒りを受け止める必要はない
自分の境界線がガタガタであることが、生きづらさの理由であることが分かりました。カウンセリングの話題は人の抱える“感情”へとつながっていきます。
「“怒り”についてどう思われますか?」
心理士の先生は、三森さんにこう問いかけました。
怒りとは“二次感情”であり、その下には「悲しい」、「悔しい」、「不安」といった一次感情が存在するといわれているといいます。三森さんは、そのような知識はありましたが、具体的にそのことを実感することはできませんでした。先生は言います。
「怒りは表現してもいいですけど、感情そのものをぶつける必要はないんですよ」
先生の言葉に混乱する三森さん。これまで“怒り”も含め相手の感情は全部、受け止めなくてはならないと思っていたといいます。その要因のなかには、子供の頃父親に辛く当たられ続けたなど、親子関係の問題があったようです。
しかし、先生曰く感情の処理は自分の責任。本来であれば、相手に対して怒りを抱く場面があったとしても、感情を自分で処理して落ち着いてから、「あの時私はこういうことで怒っていたよ」と伝えるのがベストなのだそうです。
ですが、その怒りの感情さえも相手の責任にしてしまうから、人間関係がおかしくなるというわけですね。
三森さんに聞きました。
――漫画は心理療法を受けられている側の視点で描かれていますが、一般の方であっても、自分の怒りを処理することは難しいと思います。怒りの感情を抑えるためのコツなどはあるのでしょうか。
三森さん:今回の漫画に出てくるのですが、「感情というのは感じ切って初めて発散される」ということを教えてもらいました。怒りを吐き出すイメージで腹式呼吸をしたり、怒りを出してるイメージでクッションを手が疲れるまで握ったり、怒りをイメージしながら声を出すワークを教えてもらいました。また、私の経験上ですが、怒りの根本にある一次感情を実感するように努めるとか、そちらの感情を伝えるようにするのが有効なのかな、とも思います。
――逆に、相手から怒りをぶつけられた時にはどのように対処すれば良いでしょうか?
三森さん:その場から離れるとか、意見は聞くけど怒鳴るのはやめてほしいとか、はっきりと断るとか、そういった対応が必要になると思います。ただ、私の場合、発散されていない過去の怒りが積み重なって、相乗して大変なことになってしまったり、相手と自分の問題が区別できず相手の怒りをひたすら引き受けてしまったり、そもそも断れなかったり…といった問題が生じることもあるので、心理療法を受けて根本からの解消を図ったというわけです。
ワークを終えて~首の後ろが繋がった感覚…その正体は?~
身体アプローチによって準備を整えたら、実際に今回の主題ともいえる「境界線ワーク」へと入っていきます。
ここでキーワードとなったのは、“パーソナルスペース”という言葉。聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。他人と心地よく居られる限界の近さのことであり、関わる相手によってもその距離感は変わります。
「みささんのパーソナルスペースを教えてください」
先生に言われます。ところが、三森さんは最初、それをちゃんと伝えることができませんでした。それは、相手を拒絶してしまうように思えてしまうことに対しての罪悪感によるものでした。
ここで「ボディ・コネクト・セラピー」を行うことを提案した先生。
「何が始まるんだ、今から…」と三森さんは訝しみながらも、先生の指示のもとプログラムは進行していきます。
やがてセラピーは終了。当初はこれにどんな効果があるのか、実感できなかったという三森さん。しかし、その後で行われたパーソナルスペースのテストでは、きちんと自分の距離感を伝えることができ、罪悪感のような気持ちもなくなっていたといいます。
想像以上の効果に、驚きを隠せない三森さん。
しかし、はっきりと自覚できた変化もありました。心理療法を受けるなかで、自身の首の後ろ側で、頭と身体がつながったような感覚を覚えたといいます。
このような感覚がした理由として、三森さん自身は「自律神経のはたらきが正常になったからではないか」と分析しています。
三森さんは、幼少期の虐待の影響によって、自律神経がアンバランスになっている傾向があったといいます。しかし、心理療法を受けたことによってそのはたらきが調整されたのでは、と三森さんは考えています。首は神経的にも重要な場所であるため、ここに感覚を覚えたのかもしれません。
心理療法を受ける前に、まず医師に相談しましょう
心理療法を受けた三森さんの体験記。この漫画が公開された「X」(旧Twitter)のリプ欄には、たくさんの反響が寄せられました。
「とても勉強になりました!」
「私も境界線は見事に1本でした。まさか2本もあるとはまったく思ってもみなかったです」
「コミュニケーションに課題のある私にとって興味深い漫画で多くの学びがありました」
「表現が難しい題材かと思って、読む前は少し緊張してたのですが、とても読み進めやすい作品でした」
「いつも世界を広げてくれるような作品をありがとうございます!心にストンと入ってきて読みやすいです」
とても参考になったという感想が多く寄せられ、実際にカウンセリングや心理療法を受けてみたいという方もいらっしゃいました。