政府の少子化対策の「たたき台」が発表されました。
児童手当の所得制限撤廃、多子加算、高校生まで延長。出産費用の保険適用、学校給食費の無償化、「授業料後払い制度」、一定期間の育休中の収入満額給付、親の就労形態に関わらない保育所利用など、いろいろが総花的に盛り込まれています。
今回の案について、(異次元というかどうかは別として)、政府が「少子化対策」に本腰を入れ始めたことは評価できる一方で、疑問や懸念もあります。
何が問題か
膨大な財源をどうするのか、負担増となることに対する国民の納得感をどう得るのか。
必ずしも「それをやっても、子どもが増えるわけではないのでは?」と効果に疑問があるものもあり、財源の制限も考えれば、優先順位付けが必要です。
(なお、役所で長く政策立案に携わった経験から申し上げれば、今回の案は、「財源や方針等について、緻密に検討し、しっかりした見通しを立てた上で出されている」わけでは必ずしもなく、「これから審議会などを使って、走りながら急ぎ考える」だと思います。注目される案件では、当然のことながら、政治的な思惑が強く影響する場合もあります。)
そして、今回の案には、「子育て中にかかるコストへの経済的支援策」が多く、もちろん負担軽減は重要なのですが、それは基本的に「すでに結婚している・子どもを持つ準備ができている人」が対象ですし、それも「(すでに育てている子どもへの負担軽減はありがたいが)月に数万円の児童手当が出るから、さらに子どもを産もう!」とは、あまりならないのではないでしょうか。
そもそも結婚できない・第一子出産にたどり着かない若年層の経済的苦境や、若者に限らず、「賃金が上がらず将来に希望が持てない」といった日本社会の根源的な問題を解決しないことには、先行きの不透明感は払拭されません。
今回の案で、「子どもを持つ人と持たない人」、「大企業勤務者かそうでないか」で生じる不公平感や、「制度や金銭支援では解決しないけれども、少子化に大きな影響をもたらしていると考えられる『社会や人々の意識の問題』をどう変えていくか」といったこともあります。
よく『出生率を上げたフランスに学べ』と言われますが、私は、スイスとフランスで出産と子育て(と仕事)をして強く感じたのは、働き方や人生に対する考え方の日本との大きな違い、子どもに限らず、サポートを必要としている人々に対する社会の配慮・認容、保育園のほかにも子育てを支える多様で柔軟なメニューがあること、といったことでした。
こうしたことも踏まえ、日本の「少子化対策」の課題と展望について、考えてみたいと思います。
以前の連載「日本の少子化問題を解説 原因を正しく分析することで見えてくる3つの対策ポイント」(2022年6月9日)では、日本の少子化の原因と留意点(女性の数(人口)の減少、未婚化、晩婚・晩産化、育児や労働環境の問題、社会・家庭環境や意識の変化など)について考えましたので、それらも基に、今回の政府案を分析したいと思います。
財源をどうするか
今回の「少子化対策」にかかる費用は、どの政策をどこまで実現するか、によって変わってきますが、少なくとも数兆円規模と言われます。
財源は、増税や国債発行ではなく、医療、介護、年金などの公的保険の保険料の引き上げを軸に、検討される見込みです。
(全世代が対象で、現在の出産一時金の元となっている医療保険は別としても、)介護や年金保険は、子ども・子育て政策と直接関係はありません。公的社会保険の保険料を負担するのは主に現役世代で、ただでさえ支出が多く、各種保険料も年々上がってきている中、これ以上の負担は厳しいという声も切実です。
『子どもたちは将来的に、保険料を負担する制度の支え手となるので、長い目で見ると、公的社会保険制度の健全な維持に貢献する』との理由も、広く納得感があるとは言いにくいように思います。
最近よく「国民負担率」の話が出てきます。「国民負担率」は、「租税負担及び社会保障負担を合わせた、義務的な公的負担の国民所得に対する比率」で、日本は、47.9%(租税負担率28.2%、社会保障負担率19.8%(2020年、以下同じ))で、OECD加盟36か国中、22番目となっています。
「国民負担率が50%を超えるようなことは受け入れられない」という意見については、「国民負担率が高いか低いか」というのは、実は、数値単独で議論してもあまり意味がありません。負担率が高くても、国民に対する十分な給付が行われていれば、納得感が得られることとなり、あくまでも「バランスが取れているかどうか」が大切だからです。
例えば、国民負担率上位の国々、ルクセンブルクは84.6%、フランスは69.9%、デンマークは65.9%にも達していますが、一方で、福祉や教育が手厚いことで知られます。(もちろん、どの国にも、不満の声はあります。)
こうした観点で言えば、日本は現在、(先進国の中では)「中福祉・中負担」と言えるわけですが、これを「高福祉・高負担」に構造変化させていくのか(いずれの場合も財政均衡が必要です)、子ども・子育てに限らず社会保障制度全般の在り方を大幅に見直すことにするのか、国民はどう考えるのか。なし崩し的に負担を増やすのではなく、もっと踏み込んだ全体像の議論が必要だと思います。
個人と国の経済状況の改善が必須
今回の政府のたたき台の基本理念には「若い世代の所得を増やす」が掲げられ、「賃上げ、雇用保険や被用者保険の適用拡大、106万・130万円の壁の見直し」にも言及されていますが、具体的にどうやって実現するのかについては、示されていません。
少子化の原因のひとつである「未婚化」には、様々な要因がありますが、経済状況がひとつの原因であることは、各種調査が示しています。(「では、お金が十分あったら結婚するのか、子どもを産むのか」という点は議論があると思いますが、少なくとも「結婚したい・子どもを持ちたいが、経済的不安から躊躇している」人の背中を押す効果は十分にあると言えます。)
給与所得者の平均給与は、443 万円(男性545万円、女性302万円)で、正社員508万円(男性 570万円、女性389万円)、正社員以外198 万円(男性267万円、女性162万円)となっています。
年齢階層別にみると、20~24歳で269万円(男性287万円、女性249万円)、25~29歳で371万円(男性404万円、女性328万円)、30~34歳で413万円(男性472万円、女性322万円)となっています。(令和3年分 民間給与実態統計調査(国税庁))
さらに注目すべきは、消費者物価指数で調整した実質平均給与は、過去25年間(1994→2018年)で、30万円以上低下している(465.3→433.3万円)という事実です。
将来に展望が持てないこうした状況下で、さらに「景気の低迷」「日本の凋落」「子育ては大変」という情報があふれる中、「結婚して、子どもを持って、人並みに進学や習い事をさせて…」と考えたら、不安しかないというのは、よく理解できます。
この春は「賃上げムード」と言われますが、出てくる企業名は、やはり大企業が中心で、我が国で働く人の7割を占める中小企業や、自営業、非正規雇用では、厳しい状況は変わっていません。政府が賃上げを依頼するだけでは賃金は上がりません。生産性を上げる、リスキリング、国内外の販路開拓支援等など、日本経済そのものを強くすることが不可欠ですが、「失われた30年」を打開する展望は、いまだ見えていません。
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次回は、政府「少子化対策」の各施策に関する分析、急速な変化に追い付いていない旧来の制度や慣行、社会や人々の意識の変革、当事者に寄り添った政策立案の重要性などについて、考えたいと思います。