多くの鉄道路線が走る東京とその近郊。とてつもない数の駅が存在します。その中でも代表的な山手線は、2023年現在全30駅。他にも、東京メトロ丸の内線は本線・分岐線合わせて28駅、東京都品川区・目黒駅と板橋区・西高島平駅をつなぐ都営三田線は全27駅など、「駅の数が多い」あるいは「営業区間が長い」路線は東京都内に多くあります。
一方、中には「分岐線」「支線」などと呼ばれる、「駅の数が少ない」「営業区間が短い」路線もあることをご存知でしょうか。特に駅の数が少なかったり営業区間が短かったりする「ミニ支線」について、その歴史をひも解くと、驚くような秘密があったりします。
駅数はたったの2駅
東武鉄道・東武大師線は、東京都・足立区を走る路線です。西新井駅と大師前駅の2つの駅からなり、西新井大師への参拝客の足として活躍しています。
その歴史を調べていると、東武鉄道公式サイトに「西板線(現在の大師線)西新井〜大師前間1.1㎞開通」という文字を見つけました。
「西板線」とは何なのでしょうか?どうやら、ここに東武大師線がミニ支線となった秘密がありそうです。東武鉄道広報部にうかがってみました。
まず、「西板線」は伊勢崎線・西新井と東上線上板橋を結ぶ路線として計画された路線だということを教えていただきました。起点と終点から1文字ずつとり、「西板線」という名前になったのだそうです。
いずれの駅も2023年4月現在まで営業していますが、同じルートを鉄道でたどると複数回の乗り換えが必要となります。計画が実現していたら、非常に便利な交通手段だったといえそうです。
幻になった理由
では、どうして西新井と上板橋を結ぶ計画が立てられ、結果的に幻となってしまったのでしょうか。
1899(明治32)年、東武鉄道は現在の東武スカイツリーライン(伊勢崎線)にあたる区間を開業させました。北千住駅から久喜駅に至る39.9kmの区間で、途中駅は西新井・草加・越ヶ谷(現・北越谷)・粕壁(現・春日部)・杉戸(現・東武動物公園)の5つ。越ヶ谷駅以外は現在でも急行まですべての列車が停車する駅となっており、駅を中心としながら街が発展していった様子がうかがえます。
その後の1920(大正9)年、東武鉄道は当時の「東上鉄道株式会社」と合併します。これは、もともと東武鉄道の当時の社長・根津嘉一郎氏が東上鉄道の取締役社長を務めていたこと、そして第一次世界大戦後に物価が高騰したため、経営の合理化を図ったことによるものです。そうして同年、東武本線と、当時池袋―坂戸町(現・坂戸)間で営業していた東上線を結ぶ連絡線として「西板線」が計画されました。途中駅として、大師前(現・足立区)・鹿浜(同足立区)・神谷(同北区)・板橋上宿(同板橋区)が設置され、概ね現在の環状七号線に沿ったルートだったそう。
ところが、そのルートには荒川放水路や隅田川といった水路、東北本線や赤羽線といった鉄路などが複数存在していました。これらと交差するためには課題が多かったことや、開業のための免許を申請した翌年、1923(大正23)年に関東大震災が発生したことなどもあり、西板線の開通は断念することになりました。大師前―鹿浜間についても工事竣工延期願が却下され、1937(昭和12)年に免許は取り消しになっています。
結果的に、1931(昭和6)年に西板線の一部である西新井―大師前間が「大師線」として開業し、現在に至っているということです。
もしかすると幻でなくなるかも
西新井大師は、正式名称を「五智山 遍照院 總持寺」といい、開創は826(天長3)年という歴史ある寺院です。そうした場所だからこそ、東武本線からの交通手段として開業したのだとばかり思っていた東武大師線。その歴史に、幻の計画線の存在があったとは!
1964(昭和39)年に発行された『東武鉄道六十五年史』においても、西板線の計画が実現しなかったことについて、「当社の発展史に残った唯一の遺憾事ではあるまいか」との記載がありました。東武鉄道の無念さがにじむ一文です。
もし「西板線」が計画通り開業していたら…。地図を見ながら、そんなことを考えていましたが、実は「メトロセブン構想」というものがあるのだと知りました。これは、葛西臨海公園から赤羽をつなぐ環状高速鉄道の構想で、ルートには西板線と重なる部分もありそうです。
今後も様々な課題はありますが、計画線「西板線」が幻ではなくなる日が、いつか来るのかもしれませんね。
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▽会社の沿革1895年~1920年|東武鉄道公式サイト
https://www.tobu.co.jp/corporation/history/fhistory01.html
▽車両紹介|東武鉄道公式サイト
https://www.tobu.co.jp/corporation/rail/vehicles/
▽報告書(1923 関東大震災第3編) : 防災情報のページ - 内閣府
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_3/index.html
▽基本情報 | 西新井大師のご案内 | 西新井大師
https://www.nishiaraidaishi.or.jp/info/basic.html
▽メトロセブン構想(メトロセブン促進協議会) 江戸川区ホームページ
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e018/toshikeikaku/toshikotsu/metroseven.html
▽東武鉄道年史編纂事務局.『東武鉄道六十五年史』.東武鉄道株式会社, 1964, 164p.