味は酸っぱく、においも強烈。
全国にある郷土食の中でも、滋賀県民のソウルフードと呼ばれる「ふなずし」ほどクセの強いものはないかもしれない。そんな個性的な食べ物がかつて、滋賀県の学校給食現場で子どもたちに提供され、教室にちょっとした混乱を巻き起こしていた。
禁断の献立は今も存在するのだろうか。
滋賀県のふなずしは魚と米を発酵させた「なれずし」の代表格で、主に琵琶湖でとれるニゴロブナが用いられる。日本酒との相性は抜群で、正月や祭り、祝いの席で親しまれてきた。
一方、ふなずし特有のにおいや酸味を苦手にする人は多い。滋賀県出身の記者も子ども時代は大の苦手で、学校給食に出てきて戸惑った記憶がある。同様に衝撃を受けた県民は少なくないようで、ツイッターなどでも「給食にふなずしは難易度高い」「もん絶」「半分涙目」などと話題になってきた。
ただ、滋賀県民とみられる人の投稿の中には「給食に出たことは一度もない」といったものもあり、ふなずしの給食提供に地域差があることもうかがわせる。
それでは、ふなずしの給食提供はどこで行われてきたのか。県内19市町の教育委員会に尋ねたところ、意外にも現時点でふなずしを給食提供している市町は存在しなかった。
ふなずしを提供していない理由を確認すると、大半の市町が「においの強さ」を挙げた。中には「納豆すら給食に出なくなっているのに、ふなずしはハードルが高すぎる」と回答する担当者もいた。
もちろん、各市町で地域の食文化を次世代に継承する取り組みが軽視されているわけではない。
例えば、漁業が盛んな高島市では小アユのから揚げやビワマスの照り焼きなど琵琶湖の魚を用いた料理を月1回のペースで提供しているという。
給食のふなずしについて有力な手掛かりが得られない中、「過去に提供していたことがある」と答える自治体が一つだけあった。県東部に位置する東近江市だ。
記者の出身地でもある東近江市では2013年までふなずしの給食提供が行われていたという。
確かに10年前の京都新聞には、鼻をつまみながらふなずしを口に入れる児童らの写真とともに「子どもたちは独特のにおいに苦戦」「ひと切れずつ配られると『強烈なにおい』と興味津々の声を響かせた」との記事が掲載されていた。
東近江市蒲生学校給食センターによると、過去の献立記録を確認することができず、ふなずしの提供が東近江市でいつ始まったのかは分からない。13年を最後にふなずしの給食提供が行われなくなったことについては「ふなずしになじみのない子どもが多く、残飯が多量に発生したと聞いている。高価な食べ物であり、そうしたことも考慮の上、取りやめになったのではないか」とする。
ふなずしを日本酒のおつまみではなく、学校給食として牛乳とセットで提供する挑戦的な試みは途絶えていた。それでも、ふなずしを代表とする滋賀のなれずし製法は1月、国の登録無形民俗文化財に登録されることになり、あらためてその存在に注目が集まっている。
湖魚の普及に取り組む滋賀県水産課は「幼少期からふなずしに親しんでもらいたいのが本音」としつつ、「無理やり給食に出して苦手意識を持たれると元も子もない。大人になってからでもふなずしのおいしさは十分に伝わると思うので、給食にこだわらず魅力発信の手だてを講じていきたい」としている。