丸顔が可愛い和歌山県のしまくん(推定10歳)は、生まれて初めて広いお家を独占しています。走り回っても飛び跳ねても、他の猫とぶつかることはありません。もう空腹に苦しむこともなく、毎日決まった時間にご飯を出してもらえます。
そんな当たり前の飼い猫生活が送れるようになって、まだ1年ほど。それまでのしまくんは、27匹の猫と暮らす多頭飼育崩壊家庭で暮らしていました。
飼い主の死後発覚した多頭飼育崩壊
事件が発覚したのは2022年4月。当時の飼い主が急死したことで、しまくんたちの存在が明らかになります。遺品整理に訪れた飼い主の娘が実家を訪れると、家中はボロボロ。どこもかしこも糞尿にまみれ、足の踏み場がありません。
娘はすぐ保護猫団体「和歌山市城下町にゃんこの会」に相談。代表の奥康子さんとスタッフが駆けつけてくれました。この時、奥さんたちを出迎えてくれたのが、しまくんです。スリスリはしませんが、人間には慣れているよう。体を見ると、首輪のあとも見えました。
後に分かるのですが、しまくんは去勢手術が施されており、飼い主がキチンと飼育しようとしていた形跡があったのです。しまくんの他には2匹、避妊・去勢手術がされていました。その後に迎え入れられた猫たちが、どんどんと繁殖していった模様。
飼い主がちゃんとしようとしていた形跡は、キャットタワーやおもちゃの残骸からもうかがえました。それなのに…。
「慣れなくていいよ」
奥さんたちは胸を痛めながら、捕獲機を仕掛けます。最初に入ってくれたのはしまくん。彼は人間を極端に怖がることなく、「フー!シャー!」と威嚇することもありません。でも、撫でられるのは怖いよう。撫でるために近寄ると「フー!シャー!」。このしまくんの様子を見た奥さんは言ったんです。
「慣れなくてもいいよ」
亡くなった飼い主の娘の証言では、しまくんは恐らく7年ほど猫屋敷の中に閉じ込められていたよう。7年間、つらい目に逢ってきたのだから、すぐ心が癒えるわけがありません。城下町にゃんこの会は、のんびりしまくんの様子を見守ることにしました。
ところが、保護をして2カ月ほど経ったころ、しまくんが舌潰瘍になってしまったのです。あれほど喜んで食べていたご飯が食べられなくなります。口の中は赤くただれ、よだれが止まりません。どうやら元の家で蔓延していた猫風邪が原因のよう。せっかく保護されたのに、このままでは…。
渾身の「シャー!」と「痛いよ!」
すぐしまくんは動物病院へ。診察台へ上がり、獣医師に口の中を診てもらいます。この時、しまくんは奥さんもスタッフたちも見たことがないほど、渾身の「シャー!」をしたんです。口が痛いのに、獣医師に触られたからでしょう。
更に襲い来る受難。ステロイド注射まで打たれてしまいました。しまくんはもうヘトヘトです。加えて、シェルターでは強制給餌が待っています。カラーを付けられ、シリンジで口の中にご飯を流しこまれます。これも嫌で嫌で…。
だから奥さんを噛んだんです。「いやだよ」って伝えたいから。今まで奥さんは何をしても怒らなかったので、この時もきっと怒らないとしまくんは考えていました。なのに、この時の奥さんは言いました。
「痛いよ!止めて!」
しまくんはビックリ。でもよく考えたら、自分にも嫌なことがあれば奥さんにも嫌なことがある。「そうだよな」と思ったのかしまくんは、この日を境に奥さんやスタッフに触られるのを嫌がらなくなってきたのです。
再び人間を信じる
奥さんたちの献身的なサポートで、再びご飯を美味しく食べられるようになったしまくん。落ち着いてくると、徐々に心を開いてきました。やっぱり撫でられるは苦手だけど、ブラッシングができるように。奥さんたちが可愛がってくれるのを理解しているみたい。
あと思い出したのかな。人間は本来、自分たちを可愛がってくれる存在だということを。亡くなった飼い主だって、最初はしまくんを可愛がってくれていたはず。その記憶があるからこそ、しまくんは奥さんたちを信頼し始めたのです。
そして訪れた、2022年12月の譲渡会。可愛い子猫たちに並んで、しまくんも新しい家族を待ちます。そのしまくんを見ながら、ある夫婦が会場のすみで小声で相談しています。
「あの子猫ちゃんなら、慣れてなくてもすぐに慣れて行く家があるよ。私たちはなかなか決まらない性格の良い子を選ぼう」
こう言う夫婦が選んでくれたのは、なんとしまくん。子猫じゃなく、10歳の猫を選んでくれるとは奥さんは思ってもみませんでした。話はとんとん拍子。その家の猫に。
今ではしまくん、夫婦から毎日「かわいい、かわいい」と言われながら過ごしています。しまくんはそう言われると嬉しくなってゴロンゴロンしちゃうんです。顔つきも穏やかになりました。でも、触られるのはやっぱり苦手。そんな不器用なしまくんが、夫婦は可愛いんですって。大人猫ならではの落ち着きもあり、一緒にいて本当に幸せなのだそう。
声を掛け合う環境を
悲惨な多頭飼育崩壊から救われたしまくんは、現在とても幸せに暮らしています。良いことのように思えますが、これは結果オーライ。多頭飼育崩壊を起こさせない環境を作らなければ、意味がありません。
城下町にゃんこの会では、スペイクリニックで猫の避妊・去勢手術のため、毎年クラウドファンディングを行っています。行政から補助は一切なく、凄まじい猫の繫殖力の前では資金はいくらあっても足りません。
昨年はクラウドファンディングの資金で、300匹の猫の手術を行いました。野良猫だけではなく、費用面で避妊・去勢手術をためらっている飼い主の猫も手術。
奥さんはこう言います。
「近くにいる人が声をかけ、気に掛けることで、確実に違ってきます」
雑談から多頭飼育崩壊未遂が発覚し、スペイクリニックにつながった家庭もあるとのこと。少しのきっかけで、人間の生活も猫の生涯も変わってきます。しまくんの飼い主も、誰かが気付いてくれれば、結果は変わっていたでしょう。
不幸な猫も人間も生まないために、避妊・去勢手術を。
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【城下町にゃんこの会 和歌山】
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