3月16日(木)の夕方、仕事の打ち合わせで銀座を通ったところ、大通りにびっしりパトカーと装甲車が並び、数百名と思われる数の警察官の姿がありました。一瞬、何事かと思いましたが、そうか、ユン・ソンニョル韓国大統領が来日しているから、岸田首相との夕食会が、この辺りのお店で開催されるということなんだな、と分かりました。それにしても、昨今の「戦後最悪」と言われた日韓関係を思えば、感慨深いものがあります。
もちろん、これまでの複雑な日韓関係や、従軍慰安婦問題に関する韓国の“ちゃぶ台返し”などを思えば、楽観はできませんし、今後の推移を、中長期的に注意深く見ていく必要がありますが、それでもやはり、緊迫する国際情勢の中で、日韓関係は、新たなそして重要な局面を迎えていると言えるのではないかと思います。
厚労省で、韓国人の原爆被爆者訴訟などを担当した際、韓国に出向いて、戦後60年(当時)を経ても変わらぬ人々の激しい怒りを目の当たりにし、一方で、米国留学時には親日的な多くの韓国人の友人たちと出会い、そして、国会議員団でソウルを訪問し、大きな歓迎を受けても、「本心はどうなのだろうか」と不安を抱いていたことなどを思い出し、「難しい隣人」の真実と両国の今後に思いを馳せます。
もはや喧嘩している場合ではない
日韓両国の間に残された課題は、竹島の領土問題や歴史問題等、依然として多くありますし、これまでそうであったように、政権が変わったら、どうせまた反故にされるのでは、という不信感も根強く残っていると思います。
ただおそらく、「今はもはや、日韓で喧嘩している場合じゃない」ということは確実に言えるのだろうと思います。
韓国のムン・ジェイン前政権は、北朝鮮に対する宥和政策を取りました。しかし、その間、北朝鮮は前向きな対話どころか、核開発を進め、現在、ミサイルを打ちまくっていることは、ご承知の通りです。
そして中国は、経済的にも軍事的にも力を増大させ、ウクライナ侵攻を巡っても、中ロが連携を強め、日本海で共同軍事演習を行ったりしています。米中対立は激化し、台湾有事、朝鮮半島有事も、深刻度が増しています。
こうして国際環境が緊迫していく中で、北朝鮮や中国、ロシアという実際の脅威がすぐそこにある中で、同じ「民主主義諸国の一員」である日本と韓国が揉めている場合ではなくなってきており、形勢的には、日本、韓国、そして米国で、密に連携して対処していかなければならない、という状況にあります。だからこそ米国は、今回、徴用工問題について韓国が提示した解決策と日韓の関係改善について、熱烈に歓迎をしました。米国にとって、自国の同盟国間の火種は少ない方がいいに決まっています。
韓国の危機感
北朝鮮と国境を接する韓国の危機感は、日本よりずっと厳しいものがあります。1950年に始まった朝鮮戦争は、1953年に休戦協定を結んだままで、まだ終わっていません。韓国の男性には厳格な兵役義務がありますし、核保有に賛成は76%(2022年の韓国ギャロップの世論調査)と高く、徒歩圏内に有事に備えたシェルター(地下鉄、地下街、地下駐車場やトンネル等)があり、定期的に防衛訓練が行われています。
シェルターは構造や物資の備蓄等の面で、まだまだ不十分であるとも指摘されていますが、それでも、「北朝鮮からミサイルが発射された」と聞いても、「どうせ海に落ちるだけでしょ」と考える日本とは、緊張感が違います。
中国との関係も複雑です。韓中両国は、互いを「戦略的協力パートナー」と位置付け、経済を中心に関係を強化してきており、韓国にとって、最大の貿易相手国は中国です。一方で、「中国の高圧的な態度」(例えば、米国の迎撃ミサイルシステム「THAAD」の韓国への配備に対する中国の猛反発や不買運動など)に対する韓国国民の反感も少なくありません。
韓国にとって安全保障上緊密な同盟国である米国と、中国との対立が激化する中でも、前のムン・ジェイン政権は、中国やロシアに対して、“曖昧戦略”を取ってきました。しかしウクライナ侵攻もあり、外交面含め、ムン・ジェイン政権を批判して政権を取ったユン・ソンニョル大統領には、こうした点についての再構築が求められているといえます。
韓国の国内の動き
国内的にはどうでしょうか。
今回の徴用工問題の解決案に対して、韓国国内には、(予想された通り)反対する声があり、ユン大統領の支持率は低下し(38.9%→36.8% 韓国世論調査会社リアルメーター)、ソウルで反対のデモ(約7000人規模)が起こったりしています。
韓国政府としては、日本に強気に出ていた方が、国内の支持は得られやすくなります。しかしそれは、安易なポピュリズムの手法であり、検察官出身で、政治経験無しに大統領になったユン氏は、たとえ国内の反発を招いても、日韓関係を改善していくことが、最終的には国益にかなうのだ、と冷静に判断しているのではないかと思います。
韓国内の対日感情について、いくつかの調査の数字と推移を見てみたいと思います。
2021年12月に、ソウル大学アジア研究所が、成人男女1031人を対象に、主要国20カ国に対する認識を調査したところ、「信頼できる国」(複数回答)は、米国71.6%(1位)、日本13.3%(19位)、中国6.8%(20位)、そして、「好感度」は、米国65.9度(1位)、ドイツ58.1度、シンガポール54.1度、南アフリカ45.0度、中国35.8度(18位)、北朝鮮33.8度、日本33.6度(20位)でした。
2022年12月に、公益財団法人「新聞通信調査会」が、韓国の約1000人を対象に行った調査では、韓国の日本に対する好感度は、前年比8.7%増の39.9%となり、2015年の調査以来、過去最高となりました。
2022年夏に、韓国の民間シンクタンク東アジア研究院が、1028人を対象に行った調査では、日本に対して良い印象を持つ韓国人は、前年の20.5%から30.6%に増加し、一方、日本に対して良くない印象を持つ韓国人は、前年の63.2%から52.8%に減少。また、好感度は年齢層が低いほど高く、10代では53.5%と全年齢層の中で唯一過半数となり、60代以上では22.9%で、全年齢層の中で最も低かったとのことです。
韓日関係の未来について前向きな見通しを示した人は前年の18.4%から30.0%に増加し、「両国関係を改善するために努力する必要がある」と考える人は、前年の71.1%から81.1%に増加しました。
こうして見てみると、「日本への好感度が北朝鮮より低い」というデータがあるのも驚きで、やはりなんだか一筋縄ではいかない気もしてきますが、それでも、変化の兆しが見えている面もあります。
特に若い世代は、大きく変わってきていると思います。韓国人の友人たちも、「自分の祖父母や両親の代までは、そういう思いが強くあったと思うが、自分たちの世代は、そんなことはない」といった感じがありました。これまで日韓の外交関係の変化によって、韓流ブームは下火になったり盛り上がったりを繰り返してきましたが、近年は、映画やドラマ、音楽や文学などの文化は互いの生活に深く根付いたものとなり、歴史問題などがあることは理解しつつも、未来志向で冷静に考えている人も多くなっているように思います。
韓国内で、住宅バブルの崩壊や広がる格差、極端に低い出生率(0.78)(日本は1.30)、苛烈な競争社会といった、厳しい現実と将来不安を前に、反日感情を煽ることで政権批判を避けようとする相変わらずの手法に誤魔化されている場合ではない、政府が為すべきことをきちんとしていない、といった見方もあるように思います。
いずれにしても、日本としては、警戒心を持ちつつも、日本に友好的と言われるユン・ソンニョル大統領の任期である今後4年間のうちに、逆戻りできないくらいに、『良好な関係』を築いていけるよう、相互に努力をすることが、日本にとっても韓国にとっても、国益にかなう道であろうと思います。
「難しい隣人」と、どう付き合っていくか、互いに成熟した国家としての度量と手腕が試されていると思います。