住所非公開、完全予約制、一皿3000円… 謎の人気店が出すオムライス 元行列店が業態転換した理由「限られた人が安心できる場所を」

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”オムライス”という、食べたことがない人のほうが珍しいくらいありふれた家庭料理をメインメニューに、SNSで話題が絶えない店がある。

店名は「ワニのニワ」。住所は非公開で、東京・渋谷のどこか。来店はinstagramからの完全予約制で、不定休。開店スケジュールがストーリーで公開されると、瞬く間に埋まる。来店した人はこぞってinstagramにその写真を投稿、約3万人のフォロワーを持つという謎の人気店である。

なぜ住所を公開しない? 幻のオムライスの味とは? そもそもなぜ「ワニ」なのか?…いままでメディアへの露出を控えてきたという店主・zen(ゼン)氏にインタビューをしてみると、何を食べてもそこそこ安くて美味しい豊かでヘンな国・日本の飲食業への意表を突いた挑戦の軌跡が語られた。

日本一美しいオムライス

案内された「ワニのニワ」は、渋谷のかなりわかりにくい場所にあった。この記事の中で場所は記載しないが、少なくとも通りがかりでフラッと立ち寄る可能性はゼロだ。話を聞こうとすると、「まず食べてほしい」と、さっそく幻のオムライスが出てきた。「未完成オムライス4.0」だ。

一目瞭然だが、他のオムライスと異なる点は「ソースがかかっていない」ことだ。一瞬、お客が好みのソースをかけて食べられるから「未完成」なのかと思ったが、3種類のソースが特殊な調理法で「卵の中に」くるまれるように入っているのだ。別皿でトリュフ塩が出される。見た目は極めてシンプルだが、スプーンで口に運ぶごとに何度も味と香りの変化が体験できるよう考えられている。

つやのある一個のレモンのような「未完成オムライス4.0」は、口コミで「日本一きれいなオムライス」と称される。料金は3000円。「ワニメイト」という会員制システムがあり、会員価格では500円オフになる。

行列店から完全予約制へ...住所非公開の理由

ーー 住所を公開せず、完全予約制にしている理由は。

zen 「ワニのニワ」が、会員制の多目的レンタルスペースとしてスタートした店だからです。未完成オムライスをはじめたのは2年前なんですよ。

ーー レンタルスペース? 最初からオムライス屋ではなかったのですか。

zen そうです。僕はもともと、この場所で10年間カフェの店長をしてきました。チョコペンアートが売り物のお店で、遠方からお客様がいらっしゃることも多いいわゆる「行列店」だったのですが、転機になったのは2020年からのコロナ禍です。

経営側としては固定費がかかる飲食事業は縮小せざるを得ない。系列店舗にカフェを一体化し、この場所は引き払うことも検討されました。そこで僕が会社に「自分ひとりでやるから任せてくれ」と言ってはじめたのが、コロナ禍でつながった方々が利用できる予約制のスペースだったんですね。場所貸しなら原価もほとんどかからないし、人件費も僕だけで済みますから。前のカフェが店名に「庭」という字を使っていたので、ひっくり返して「ワニのニワ」。オープンは20年5月でした。

ーー コロナからの生き残り策だったと。

zen そうです。住所を伏せたのもコロナのせいです。コロナで「人が集まる」「外で食事を楽しむ」ということそのものが是非を問われました。しかもこの状況は長く続きそうだと思いました。だったら価値観があう人しか来れない場所にしようと。お客さんはみんな知り合いという(笑)。

ーー 隠れ家ですね。たしかに飲食の常識はコロナで全く変わりました。マスク着用をめぐってお客さんどうしが店内で衝突するなども起きていました。

zen ギスギスしていましたよね。だからこれからは「誰でも立ち寄れる場所」よりも「限られた人が安心して過ごせる場所」が必要だと考えたんです。クラウドファンディングを行い、ネット上で会員を募って試行錯誤しながらスペースの存続を図りました。その延長で扱い始めたのがオムライスです。だから、いまも「ワニのニワ」で提供しているのは「優しいコミュニティ」であって、「オムライス屋」ではないんですよ。

挫折とオムライスの発見

ーー 行列店から予約制のスペースに一気に転換し、苦労はありましたか。

zen 知人の方がみなさん会員になって下さって色々なイベントをしてくれたり、レンタルスペースはスタート時から好評でした。でも厳しかったのは自分のメンタルのほうです。お客さんにしてあげられることがないから。

いままでカフェで提供してきたチョコペンアートは、記念日や誕生日のお客様の需要がすごく多かったんですね。お客様の似顔絵や、好きなモチーフを描きこんだオーダーメイドの図柄をお出しすると、お客様がびっくりする。泣いたりする方もいる。

それがやりがいで深夜までチョコで絵を描いていました。その仕事が全部消えるわけです。これが想像以上に辛かった。自分の手で誰かを楽しませられないのはこんなに気持ちが落ちるのかと。

ーー それがオムライスを出しはじめた理由でしょうか。

zen その頃、ミシュランに掲載されているレストランのオーナーシェフの方が開いている料理教室にたまたま行ったんですよ。そのメニューが「オムライス」だったんです。

これが凄くて。特別な材料を使っているわけではないんですが、シェフのこだわりと考え方が調理の全行程に出ている。ご飯とバターとチキンとたまねぎと…すべてパーセンテージが決まっているんですね。僕も20年以上も飲食の畑で働いてきて、利益の出し方も含めて考えてきたんですけど、その料理教室で「料理って面白い」という原点に戻ったんです。次の日からオムライスを作って売りはじめました。

ぜんぜん未熟だし失敗するかもしれないけど、これから進化するから、すぐやろうと。だから「未完成オムライス」なんです(笑)。

ーー 料理教室で習ったオムライスを出した?

zen はい。そこから自己流でどんどん変えていって、最新が「未完成オムライス4.0」です。

”映え”に逆行した一皿の秘密

ーー オムライスの形を変えていったのはなぜですか。お客さんの反応を見ながら、ということですか。

zen 正直、最初から一番美味しいと思うオムライスを出していたし、評判もかなり良かったんです。でも作っていると次のアイデアが湧いてきました。

「未完成オムライス2.0」でベースの味は完成したと思いました。「3.0」はそこからトリュフ塩をかけて食べることと、表面に艶を出すことを工夫したんです。それが徐々にSNSで話題になり、お店のフォロワーも増えてきました。

ーー ソースを卵にくるんだ「4.0」は、明らかに見たことがない形のオムライスです。どこから発想したのでしょうか。

zen ”映える”料理が圧倒的に多いなかで、あえてあらゆるものを削ぎ落してシンプルな見た目で勝負したかったんです。もう一つ...オムライスに人のあり方というか、人間像を重ねたいと思いました。表には飾り気がなくて、でも引き出しがいっぱいある人のイメージ。このオムライスはソースが卵から溢れないように作るのがめちゃくちゃ難しくていまでも成功させるのが難しいメニューです。この「4.0」が一気にSNSで広まって、話題を集めるようになりました。

ーー オムライスという一般的なメニューで差別化できた理由は何だと思いますか。

zen 僕のような姿勢で料理に向かっている料理人さんはたくさんいると思います。本気で何かを作っている人は「なぜこうしているのか」という質問に対して全部答えられるはずなんですよ。つまり料理はその人の思考そのものなんです。ただ僕は、その考えを可視化してお客様に伝えてきました。つまり「体験型のサービス」にしている。

オムライスという形で、僕の思考を食べてください、と。オムライスを作ること、説明すること、そしてお見送りの時にお客さんと30秒くらい話すというところまでが僕の商品として入っているんです。このクオリティを出すのには30分で2人のお客様が理想。4人が限界です。

このオムライスはお金を稼ぎたいといったマインドで作っていると続かないと思います。エンターテイメントを提供していると思ってはじめてできることなんです。

3000円のオムライスと飲食業の未来

ーー サービスモデルが理解できてきました。料理を一皿売ると利益がいくらという、通常の採算性とはかなり違いますね。

zen そうですね。3000円のオムライスは安い値段ではないかもしれません。それでも僕自身は誰かに作らされている1000円の料理ではなく3000円でも5000円でもいいから愛の詰まった料理を食べたいし、それをお客様にも体験していただきたい。ありがたいことにこの思いは多くの方の心に届いていて、お客さんからはいつもすごく感謝されます。

ーー そこまで付加価値がついている店は珍しい。競合も出にくいと思いますが、一方で店舗を増やすのは難しいのではないでしょうか。「ワニのニワ」の将来性はどのように考えますか。

zen そこを今考えています。実は、2022年いっぱいで会社を辞めて独立したんですよ。「ワニのニワ」1店舗だけ引き取る形で。

ーー え? なぜですか?

zen これから「ワニのニワ」で仕掛けようとしていることがかなり特殊なチャレンジだからです。2023年は「ワニのニワ」のサービスモデルを他の方に委託できるようにします。詳細は今後発表していきますが、「未完成オムライス」という既に知名度のあるメニューを複数の方が出せるようにし、その利益を分け合うような仕組みです。フランチャイズではなく、全員が個人事業主のビジネスモデルを共有したコミュニティを作りたいと。

ーー 狙いは何でしょうか。

zen 飲食業界の「働き方改革」を促したいという意味合いが大きいです。長年にわたって飲食業は需要と供給のバランスが崩れて価格競争が起きています。24時間営業の牛丼屋は食べますか?

ーー はい。安いし充分美味しいと思います。

zen 僕もそう思います。でも、あの安さと美味しさを「当たり前」だと思ってはいけません。その高い品質の影で、労働資本が犠牲になってきたからです。要するに低賃金とサービス残業。

さっき、僕のような姿勢で料理に向き合っている料理人はいると言いました。ラーメン屋さんにも、カレー屋さんにも、すでにたくさんいるんです。同じ料理の価格を上げて、働く時間を減らす代わりに料理やお客様のことを想う時間をもっと増やしてほしいというのが僕の考えで、「ワニのニワ」で実践してきたことです。それでも食べにくるファンを大事にしてほしい。

でも、なかなかできる人は少ない。原価・人件費・家賃代・雑費でしか利益を考えられないからです。これを「飲食脳」と呼んでいます。

飲食業の方に、あなたは芸術品を作っているんだと伝えたい。だって、徹夜で仕込まないと表現できないくらいこだわっているラーメンが、本来1000円のわけないんですよ。

僕は「ワニのニワ」で、自分のプライベートな時間と、納得できるサービスを提供してお金をいただいて生活する自由を勝ち取ることができました。オムライスの次に広めたいのはその生き方です。

  ◇  ◇

「ワニのニワ」はコロナ禍の社会不安が長引くなか、あえてアクセスを閉じ、利便性を度外視して「自分が納得できるサービスを届けたい人に届ける」という飲食店の新しい方向性を感じさせるビジネスモデルで成功していた。

いままでメディアには登場しなかったが、リスクを負って独立したタイミングで取材を受けたのも、オムライスの背景にある思考を伝えるためだったという。

このインタビューの続きは、ぜひ渋谷のどこかにある「ワニのニワ」で。

【取材協力】
ワニのニワ
住所:非公開(東京都渋谷区)
営業時間:不定休(完全予約制)
▽instagram
https://www.instagram.com/waninoniwa0716/

   ◇   ◇

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