受験戦争が白熱し、私立の中学校を受験する子どもたちが増加傾向にある現代において、医者を目指すために中学受験をする人も多いようです。しかし、ネット上では「母親に勉強しなさいと鉛筆で手を刺された」「1メートルの竹製の物差しで殴られた」「包丁を向けられたことがある」など、医師らが中学受験をしたときに、親から勉強を強要された「衝撃なエピソード」がしばしば見受けられます。
現に筆者も医師を目指して中学受験をしましたが、テストの点数が悪かった時、親に分厚い教科書を何冊も投げつけられた経験がありました。いつの時代も医学部を目指して中学受験をさせる家庭には、様々な葛藤がありそうです。
そこで今回は大手進学塾で長年エリアマネージャーとして働いている鈴木さん(仮名)にインタビューを実施し、「医学部を目指すために中学受験をさせる親」について詳しくお話を伺ってみました。
――知り合いの医師に聞いたのですが、「医学部に入るため私立の進学校に通うべく中学受験をする家庭が多い」そうです。実際のところ本当でしょうか?
本当です、7割以上が医者の子どもですね。その他にも医学部を目指す子はいますが、やはり高所得者層が多い印象です。
――どうして親御さんたちは中学から受験をさせようとするのでしょうか?
理由の1つには、“カリキュラムの違い”があります。
公立中学校では、中学校3年間で学ぶ内容を3年かけて勉強しますよね。対して、多くの私立は中学2年生の時点で公立3年分のカリキュラムを終わらせて、高校内容の勉強を始めます。
つまり、受験生である高校3年生に進級した4月時点から受験勉強を始められるのです。
他の公立の受験生と比べて中学時点で1年、高校時点でそれ以上の差がつけられるならば中高一貫校一択。進学実績からもそのことがよくわかります。
『医学部に入るには私立に合格しなければならない』ということが前提条件と言えますね。
――医学部を目指す家庭の中には親が熱心すぎて、時に過剰になってしまうケースもあるようです。実際に遭遇したケースはありますでしょうか?
正直なところ、教室長や塾の先生はそこまで家庭の問題に触れられないという現実があります。答えられる範囲で回答させていただきます。
「合格させなきゃダメなんです」
これは、面談時に小学6年生になった子の母親から、泣き崩れながら出た言葉です。
成績が上がらないから塾を変える、という流れを繰り返してきたご家庭でした。旦那さんが医学系の家系だが自分は違い、「私立合格するぐらい当たり前」というプレッシャーを母親が全て抱えていたようでしたね。
多くの中学受験塾が6年生の夏頃には志望校ごとのコースで固定されるのですが、これも成績順で入ることができるかを判定されます。コースに入るためには成績を上げなければいけないので、とにかく藁にもすがるような気持ちで塾を探していらっしゃいました。
お子さんの受験前にお母さまの方が先に潰れてしまいそうでしたので、通常1時間程度の面談を5~6時間程度行い、塾以外にも家庭教師、他の医学部系の専門性が高い塾などの選択肢があることを紹介しました。最後にはなんとか笑顔になってもらえて良かったです。
――最後にお母さまも笑顔になれてよかったですが、しかしそういった追い詰められた親御さんが、SNSでも見られるようなかたちで子どもに勉強を強要するのかもしれませんね。親だけでなく子ども自身が追い込まれてしまうケースもありそうです。
医者の家系の生徒のプレッシャーは生半可なものではありませんね。期待感というよりも義務感、合格して当然だろうという空気感を感じながら立ち向かっている印象です。もともと理解力が高かったりなまじ大人びていたりする子も多いですが、そのせいで余計に力が入っている子もいます。
見た限りだと、爪を噛んだり自分で自分の身体をつねったり、ペンを刺したりして自傷してしまう子がいました。自分で抜いた髪を食べたりするような子がいても、その事実を保護者に伝えることぐらいしかできないのが辛いところでしたね。
――誰かを救うために医者を目指す子どもたちが自らを傷つけてしまうような現状では、今の受験の仕方に少々疑問を感じますね。
そうですね。我々も子どもたちの将来が明るい未来につながることを願いながら指導しておりますので、家系のためや親御さんのためではなく、自分のために中学受験について考えてほしいです。
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インタビューを通して医学部を目指すために中学受験する家庭には、医師の家系である生徒のプレッシャーや親の期待感のために受験する子どもなど、やはり相応の葛藤があることが分かりました。「中学受験は誰のためにするのか」ということを今一度よく考え、親御さんは子どもの心としっかり向き合った上で、過酷な受験戦争に挑んでほしいものですね。