そっと寄り添ってくれた猫が、「人生の選択」をする勇気をくれた 人1人、猫1匹の“隠れ家カフェ”で重ねる大切な日々

うちの福招きねこ〜西日本編〜

西松 宏 西松 宏

 福岡と佐賀の県境近くの脊振山麓にある「カフェと間 koya」(福岡市早良区)。目の前には棚田が広がり、周辺では初夏には蛍、秋には紅葉など四季折々の景色が楽しめる。「自然の中でほっと一息つける場があれば」と、2020年8月、オーナーの川口香奈絵さん(48)が開業した。寒波がくると雪景色になるこの時期、愛猫の「はんぺん丸」(オス、5歳)はストーブの前を陣取り「ストー部活動」をしながらマイペースで接客中だ。はんぺん丸との出会いやカフェをやるようになった経緯、接客の様子などについて、川口さんに話を聞いた。

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  5年前の秋、「保護された子猫がいるから一緒に付いてきて」と白猫が飼いたかった職場の友人女性に誘われ、ついていったんです。その子はまだ生後1〜2カ月。春日市内の公園でさまよっていたところを保護され、里親を探していました。友人の家には先住猫が2匹いましたが、その子猫の愛らしさに抗うことができず、友人はその子を引き取ることにしました。それがはんぺん丸です。名前はたまたま私が提案したものが採用されました。のちに私の子になるなんて、そのときは思ってもいなかったんです。

 当時、事務の仕事をしていた私は、昇進したことに加え、部下も増え、新しい仕事へのプレッシャーなどから、ひどく元気をなくしていました。文章を読んでいても内容が全く頭に入ってこなかったり、黙っていると急に涙が溢れ出てきたり…。知らぬ間に体重は10キロも減っていました。やがて仕事を続けるのが難しくなり、しばらく休職させてもらうことにしました。

 友人は、そんな私をすごく心配してくれて、「寂しくないように」と一人暮らしの私の元に、はんぺん丸を預けてくれたんです。はんぺん丸は友人の家で幼いころを過ごしたんですけど、友人の家族はみんな、腕を噛まれたり引っ掻かれたりと、生傷がたえなかったそうなんです。でも、私の家に来ると、そんな素振りは全くみせず、落ち込んでいた私にそっと寄り添ってくれました。3週間ほどともに過ごすうち、一緒にいるのが当たり前のようになり、譲ってもらうことになって、私の子になりました。

 はんぺん丸の存在は大きかったですね。もちろん今もですけど(笑)。黙ってそばにいてくれるだけなのに、一緒にいると心が穏やかになり、少しずつ元気を取り戻すことができました。

 それで職場復帰を果たすことができたのですが、今度は職場の人間関係で悩み…。そのまま事務の仕事をずっと続けていても、幸せな未来の自分が想像できないと感じました。一方、自分と同じように少し疲れた人に自然の中でほっと一息つける場を提供できたらとの思いが強くなり、長年勤めていた仕事を辞める決断をしました。 

 こうしたいと未来を明確に決めると、不思議と応援してくれる人たちが現れて、カフェの開業がトントン拍子で実現していきました。いま振り返ると、はんぺん丸との出会いがもしなかったら、今のような形にはなっていなかったと思います。

 いつも私のそばにいてくれたから自分の気持ちに正直になれたし、思い切った人生の選択をする勇気を持つこともできました。「自分が本当に幸せを感じられる生き方が一番なんだよ」って、はんぺん丸が私に教えてくれたような気がしています。

 

猫店長はストーブの前で“ストー部”活中

 郊外の山中にあり、宣伝もしなかったため、開店当初はすぐそばのギャラリーにやってこられた方がついでに立ち寄ってくれる程度で、ほとんどお客さんは来ませんでした。でも、訪れてくれた少数の方々が気に入ってくださり、「人1人、猫1匹でやってる隠れ家カフェ」として少しずつ知っていただけるように。「はんぺん丸に会いたい」とわざわざ遠くからやって来てくださるお客さんもじわっと増えていきました。

 はんぺん丸は誰に媚びへつらうでもなく、気の向くままに接客しています。中には、「突き放される感がたまらない」という方も(笑)。何度か会ううちに少しずつ距離が縮じまっていくという感じでしょうか。店の上のロフトにこもって寝ていることもあるので、必ずしも会えるわけではありませんが。活発でエネルギッシュな人よりも元気がない人の方がなぜか好きみたいです。最近は寒いのでストーブの前を陣取っていることが多いです。「ストー部」活動って呼んでます(笑)

 愛猫が天国へ旅立ち「まだ心の整理ができていない」という女性がはんぺん丸を撫でて「猫のぬくもりに触れたのは久しぶり」と満足して帰られたり、高齢で介護が必要なお母さんと娘さんが親子で来られて、可愛がっていただいたり。はんぺん丸はいろんな人たちの猫愛を、時に寝たふりをしながら、そっと受け止めてくれているようです。

 店長ははんぺん丸で、私はお世話させていただくスタッフという感じですね。一緒に過ごしていると、喜んで尽くしたいと思ってしまいます。40代になってから初めて猫を飼い始めた私ですが、もっと早く、人生で猫と出会えていたらなと、ふと思うこともありますね。一緒に寝て、朝起きたら寄ってきて、猫がそばにいてくれる幸福感といったら!これから先もずっとここで、はんぺん丸と一緒に素敵な日々を重ねていけたらと思っています。

【店名】「カフェと間 koya」
【住所】福岡県福岡市早良区大字石釜886番地7
【ホームページ】https://cafekoya.amebaownd.com

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