「もののけ姫」に出てた!?巨大イノシシの異例な捕獲劇 200キロ超の肉の行方は…「頂いた命は廃棄したくない」

山陰中央新報社 山陰中央新報社

 体重200キロ超の巨大イノシシが鳥取県江府町内の山中で仕留められ、全国から注目が集まった。その外見から「アニメ映画に出てくる山の神様のよう」との声も上がったほど。イノシシと対峙(たいじ)した際の緊迫した雰囲気を、現場に居合わせた関係者から聞いた。

  イノシシは体長182センチ、胴回り141センチで、推定7歳の雄。地元でジビエ解体処理施設を運営する「奥大山地美恵(じびえ)」が、町内で畑の作物を荒らすイノシシ用のわなを複数設置していて、巨大イノシシは同町大河原に設置したくくりわなにかかった。現在は解体した上で冷凍保存されたが、肉の量はぼたん鍋で200~300人分に及ぶという。

 イノシシが捕らえられた記事を本紙がヤフーニュースに配信すると、コメントで「この大きさ、現実にいるんだ…」「ゲームやアニメに出てくるサイズ」と、規格外の大きさに驚く声が次々と寄せられた。中にはアニメ映画「もののけ姫」に登場する、巨大なイノシシの神「乙事主」を連想させるとする声もあり、コメント数は27日時点で約1600に上った。

 遠目から見て「普通じゃない」

 巨大イノシシが仕留められた11月9日当日の様子を、現場に立ち会い、血抜き処理や解体を担当した奥大山地美恵副会長の宇田川保さん(73)が話してくれた。

 宇田川さんは害獣の解体に50年以上携わり、調理師として40カ国以上を視察した経験もある肉のスペシャリスト。害獣を食肉として適切に処理するため、会員が害獣を捕獲した際は宇田川さんに連絡があり、宇田川さんが現場で止め刺しから処理までを迅速に行うのが決まりだという。

 午後3時ごろ、わなの見回りをしていた会長の浦部二郎さん(77)から、宇田川さんに「イノシシ3頭がわなにかかったが、1頭はちいと(少し)大きいようだ」と連絡があった。関係者とともに現場の山中に向かうと、くくりわなの近くで「大きな塊」がもぞもぞ動くのが見えた。

 「これは普通じゃない」。塊は12、3メートル離れているにもかかわらず、かなりの大きさであることが分かり、近寄らない方がいいと判断した。宇田川さんは「鼻を下に向けていたらもうクマにしか見えんかった。いや、この辺りに出るクマよりも大きかった」と興奮気味に話した。

 通常、仕留める際は頭をたたいて失神させた上で心臓を刺すが、その手法が無理なことは誰の目にも明らかだった。ワイヤーでイノシシの足を縛るくくりわなの場合、興奮したイノシシが自ら足を切断してわなから逃れ、攻撃してくることがある。実際に逃げたイノシシによって負傷した住民もいた。

 イノシシは通常の60~80キロの大きさでさえ、2トントラックをひっくり返すほどの力があるといい「人間があの大きさに突進されたらひとたまりも無い」と、宇田川さんは地域の猟友会に支援を要請した。

 至近距離から一発で

 連絡を受け、猟銃を持って駆け付けた日野郡猟友会江尾地区長の高野伸也さん(33)も、宇田川さんと同じく「最初はクマかと思った」と第一印象を話した。

 頭をよぎったのは「もし仕留め損ねた場合、自分や宇田川さんたちに危害が及ぶかもしれない」との思い。周囲の杉林に身を隠し、イノシシを刺激しないよう慎重に、約3メートルの至近距離にまで接近する。イノシシがよそ見をしたその一瞬を突き、平常心で銃の引き金を引いた。弾丸はイノシシのこめかみ辺りを突き抜け、その一発で巨体は動かなくなった。

 仕留めた後の処理も一筋縄ではいかなかった。頂いた命を食肉として加工するには迅速な処理が必要。宇田川さんによると動物の死亡後は、その場で血抜きをした上で逆さづりにし、内臓を取り出して体内を洗浄するといった処理を5分以内にできるかどうかで、肉の味は大きく変わるという。

 宇田川さんは普段、周りの木の枝にイノシシをつるして処理をするが、200キロのイノシシはその場にいた大人5人がかりでも動かせない。偶然、近くで重機を動かしていた工事関係者の知り合いに頼み、油圧ショベルにつるすことで、なんとか現場で適切な処理を施すことができた。

 処理したイノシシは奥大山地美恵の解体処理施設へ運び込み、つるして皮をはいでから再び洗浄。その後、頭や腕、ももなどの部位に分割して冷蔵庫で3日間熟成させた上で解体し、部位ごとに冷凍保存された。

 巨大イノシシ肉で試食会、気になる味は…

 イノシシ肉と聞くと、独特の食感や臭いがあるイメージ。今回のような、規格外の大きさのイノシシ肉とはどのような味なのか。宇田川さんは「食べられる物かどうか不安はあったが、最高級の肉質と言っていい」と評価した。

 宇田川さんによると通常、若い雌の肉が最もおいしく、雄は成長して大きくなるほど肉が硬くなる。今回のイノシシも「処理をしても、おいしく食べるのは難しいかもしれない」という思いがあったという。捕獲した翌日、ニュースを知った東京の料理店などから「肉を買いたい」という連絡が複数あり、食べられる味かどうかを判断するため、16日に関係者で肉の試食会を開いた。

 ロースの部位をしゃぶしゃぶ鍋にして食べると、関係者からは「柔らかくて甘みがある」「脂だけでも食べられる」と絶賛の嵐。宇田川さんは調理師としての自身の舌を信じ、地元の道の駅奥大山(江府町佐川)で販売することに決めた。希望があれば、県外向けにも販売するという。

 宇田川さんは「栄養のある餌を豊富に食べて育ってきたのだろう。ちょうど冬に向けて脂肪を蓄える時期だったことも、いい味の要因かもしれない。頂いた命を廃棄したくはなかったので一安心」と胸をなで下ろした。

 取材を続けていると宇田川さんは「せっかくだから」と、薄切りにしたイノシシ肉を岩塩で味付けしてフライパンで焼き、振る舞ってくれた。肉は通常の豚や牛よりも脂身が多く、赤身と脂身がほぼ半々。記者は、弾力があってかみ切れず、脂っこい脂身があまり好きではないのだが、今回のイノシシ肉は一口でぺろりと食べられた。動物の肉特有の脂っこさがない上に、脂身は柔らかく、甘みを感じた。焼き肉食べ放題でこの肉が出てくれば、制限時間いっぱいまで食べ続けられそうだ。

 道の駅での販売開始は28日からで、冷凍スライス状態のロースを、他のジビエ肉と同じ料金の300グラム、1800円に設定した。

  「山の主」と称され、全国で話題になった巨大イノシシは地元のジビエ関係者らが責任を持って食肉に加工していた。食肉加工に長年携わる関係者が「最高級」と評する肉がどのような味か、ぜひ道の駅で購入し、山の恵みへの感謝を忘れず味わってほしい。

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