新海誠監督「嘘のない言葉、届いてほしい」 新作で東日本大震災に真正面から向き合った監督の覚悟とは

黒川 裕生 黒川 裕生

新海誠監督の最新作「すずめの戸締まり」が公開された。「君の名は。」(2016年)、「天気の子」(2019年)など、これまでも大きな災害をテーマにした作品を生み出してきた新海監督が、2011年の東日本大震災に真正面から向き合い、「災後」の日本を生きるクリエイターの一人として渾身のメッセージを込めた、あまりにもエモーショナルなオリジナル長編アニメーション映画だ。舞台のひとつとして登場する神戸を訪れた新海監督に、本作に込めた思いを聞いた。

—「すずめの戸締まり」は、日本各地の廃墟を舞台に、災いの元となる“扉”を閉めていく少女すずめの解放と成長を描くロードムービーです。神戸では、幼い双子を育てるシングルマザーのルミとの短くも温かい交流が描かれていますね。

「九州からスタートして、主人公が東に向かう物語にしようと考えていたので、神戸は物語の必然として登場しないといけない場所でした。ロケハンはちょうど2年前。古くからある商店街を巡ったり、有名な廃墟を訪ねたりしました。映画に登場する神戸の街は、実は現実にある光景ではないのですが、神戸の空気を感じながらイメージを膨らませ、“もしかしたらあったかもしれない場所”をみんなで絵にしていった感じですね」

—2020年の春、最初の緊急事態宣言の最中に書かれた企画書には、「この映画が幸運にも完成したとして、それが公開される世界がどのようなものが、今の時点では文字通りまったく想像出来ない」という一文があります。

「実際に映画が完成して、今まさに公開されているわけですが、自分としては『唐突に完成して、唐突に公開が始まった』という気分です。本当につい最近まで、間に合うかどうかわからないギリギリの状態で、暗闇の中で作り続けてきたので、唐突に完成してスタジオの外の明るい場所に出てきたときに、『ああ世界ってまだあったんだな』という感情が湧いてきたのを覚えています」

「映画を作っている2年間は、例えばロシアとウクライナの戦争であったり、まだ収束していないコロナ禍であったりと、個人の力を超えた大きな意味での“災害”…個人ではどうすることもできないのに、しかし個人の運命を大きく左右してしまうような出来事がますます増えたと感じます。制作中は、この映画が公開されるときに、世の中が映画を見に行けるようなムードになっているのか全くわかりませんでした。今は幸運にも『映画を見に行ける状況』ではありますが、これは本当にただ幸運に過ぎないんだなと思っています」

メジャーなアニメ映画で震災を描くということ

—コロナ禍での制作は、作品にどう影響しましたか。

「作品の内容というよりも、作り手である僕たちの気分に大きな影響がありました。コロナ禍という巨大かつ新しい“災害”が発生したことで、東日本大震災がひとつ過去のものになりましたよね。そのことに、焦りのような感覚を覚えたんです。今の若い人たち、特に10代の人たちにとって、大きなダメージを受けた災害といえば、コロナ禍。10年前の3.11は、これでさらに遠いものになってしまいました。だからこそ今、メジャーな規模で公開されるオリジナルのアニメーション映画にしかできない役割があるかもしれない。その役割を果たすことができれば…と思いながら作りました」

—地震、震災が大きなテーマになっています。新海監督にとって、例えば阪神・淡路大震災(1995年)や東日本大震災は、どんな意味を持っていますか。

「阪神・淡路の当時、僕は大学4年生でした。妹が関西に住んでいたので、心配して落ち着かなかったことは覚えていますが、まだメディアの中の出来事という感じだったかもしれません」

「自分が書き換えられたような、決定的に大きな衝撃だったのは、やはり東日本大震災です。当時すでにアニメを作る仕事をしていましたが、自分のやっていることはこれでいいのか、ただ自分の場所にとどまって仕事をしていていいのか、アニメーション映画を作る意味って何だろう…と自問自答しました。その感覚が10年以上ずっと続いている、そんな気がしています」

「例えば明日、何か大きな災害が起こるかもしれない。自分の住んでいる場所が、明日にはなくなっているかもしれない…。そんな無常感が、心の土台にインストールされてしまったという感覚があります。それはきっと僕だけではないでしょう。映画の中で、すずめが何度か『死ぬのが怖くないのか』と問われて『怖くない』と叫ぶシーンがあります。生きるか死ぬかは運でしかないと知っている、彼女の過酷な経験が言わせた言葉なのだと思いながら書きました」

—主人公は10代の少女。新海監督の中には、イメージとしてある先行作品があったそうですね。

「宮崎駿監督の『魔女の宅急便』(1989年)です。主人公のキキは、未来の自分のロールモデルになるような女性に出会っていきます。妊娠した女性であったり、孫に嫌われているかもしれない女性であったり…。いつ見ても古びることのない、今でも大好きな映画です。テーマは違いますが、『魔女の宅急便』に自分が感動したことを『すずめの戸締まり』に盛り込みたいと考えて、すずめとさまざまな世代の女性との出会いを組み込んでいきました」

—「君の名は。」では神木隆之介さんと上白石萌音さん、「天気の子」では醍醐虎汰朗さんと森七菜さん、そして本作「すずめの戸締まり」では原菜乃華さんと松村北斗さん(SixTONES)という、いずれも本職の声優ではない人たちの好演が非常に印象的です。

「この3作はたまたま女優さん、俳優さんが中心になっていますが、オーディションでは声優さんも含めてたくさんの人の中から選んでいるんですよ。僕はキャストには、ただ声を当てるだけではなく、作品そのものを背負って立ってほしいと考えています。技術はもちろん必要ですが、それに加えて普段のたたずまいであったり、物事の考え方みたいなものまで含めて、『なるほど、この人がすずめなんだな』と観客が納得し、『この人が演じるなら見てみよう』と思ってもらえるような、キャラクターとの一体感のようなものまで求めます」

「声は、その人の全てが鏡のように映るものだと思います。例えばその人がよく緊張したり、物怖じしたりするような性格だとしたら、声にもそういう部分がハッキリ表れます。もしかしたら、結果的にどこかキャラクターに似ている人を選んでいるのかもしれませんね。今回、すずめ役の原菜乃華さんは1700人の声を聞いて選びました。不思議なものですが、自分の子供の声を聞き分けるように、自分で書いたキャラクターの声なら、2、3秒聴けば『あ、この人だ』とわかるんです。匂いのようなもの、と言えばいいでしょうか。でもこれが他の人の作品だと、『この役に合う人は?』と、いくらたくさんの声を聞かされても、難しくて選べないんですよ(笑)」

「大丈夫だと伝える」ただそれだけを考えて作った

新海監督の覚悟の強さとエンタメ作品としての圧倒的な強度には一観客として心を打たれるしかないが、一方で、見る人によってどのように響くかは未知数でもある。新海監督自身、「今も不安がある」と明かす。

「作り手が唯一、コントロールできないのが観客の反応です。公開が始まった今になって怖くなってしまい、あまり眠れない日々が続いています。なるべく嘘のない、楽しんでいただける映画を作ったつもりですが、本当にこれで大丈夫だったのかという不安は今も拭えません」

「すずめがクライマックスで、ある少女にこんなことを言います。『あなたはちゃんと大きくなる』。10年前にとても大きな出来事を経験したすずめが、なぜそれを言えたのか。10年かけて、しっかりと成長できたからです。どんなことを経験しても、生きてさえいれば大きくなる、あるいは老いていきます。それってきっと、僕らの人生そのものだと思うんです。過去の辛かった自分に、『今は辛いだろうけど大丈夫だよ』と心の中で声を掛けることは誰しも経験があるだろうし、今まさに辛い思いをしていても、数年後の自分を想像して『きっと大丈夫だ』と言い聞かせることもあるはず。人間は、その繰り返しで生きている。そんな気がします」

「今回やりたかったのは、そういうこと。自分が自分を励ます、大丈夫だと伝える。それを僕なりのやり方で、お客さんにまっすぐ届ける。そのことだけを、本当にそのためだけに、全ての要素を設計していった映画です。すずめの言葉が、嘘のない言葉として皆さんに響いてくれることを今は願うしかありません」

「すずめの戸締まり」は全国の映画館で公開中。

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