「覚えていますか。裁判官は私だった。残念ですね、本当に」 常習窃盗犯の被告と再会…裁判官は語りかけた

京都新聞社 京都新聞社

 日差しも弱くなりつつある午後の法廷。裁判官が被告に語りかけた。「直近で受けた裁判のことを覚えていますか」。被告の反応を見て、言葉をつないだ。「裁判官は私だった。残念ですね、本当に」―

 冒頭陳述によると、被告の男(65)は30歳頃から服役と出所を繰り返してきた。窃盗の前科は12犯。直近では岡山地裁で懲役3年6月の判決を受けた。

 今年5月に出所してから神戸市内のホテルやテントで寝泊まりした。所持金がほとんど底をつき、滋賀県の知人に会おうと区役所の近くにとめられていた自転車を盗む。6日後、この自転車で大津市に入り、道の駅で米菓子やカップ酒などを万引した。

 出所後わずか2週間での犯行だった。大津北署に逮捕され、常習累犯窃盗などの罪で起訴。そして、岡山地裁で自分に実刑を言い渡した裁判官と、大津地裁で「再会」したのだった。

 男は被告人質問で、元々関わりのあるNPOの支援を受けようとしたものの、「今日は受け付けられない」と断られたと打ち明けた。生活保護の相談に向かった神戸市内の区役所では「住居がないと受けられない」とはねのけられたという。自転車を盗んだのはこの直後。法廷で男は「区役所で相手にしてもらえず頭に来た」と話した。「やらないという道はなかったのか」。裁判官が嘆いた。

 検察側の求刑は懲役6年。弁護人は、支援を断られた上に生活保護の「水際作戦」を受けた末の金銭的困窮が犯行の原因と訴えた。「申請希望者を追い返すのは本来あってはならないこと。65歳になって福祉的支援を受けられるようになり、生活を立て直す転換期にある」

 9月8日、裁判官が男に言い渡した2度目の判決は懲役3年8月だった。出所後まもない再犯であり、想定していた支援を受けられなかったことが遠因にあるとしても「強い非難に値する」と量刑理由を説明した。

 うなずきながら判決を聞く姿は健康的な印象を与える。だが次に出所する時には、さらに齡を重ねた姿で社会に戻るのだろうか。「本当にこれが最後になるように、出所してからの生活を考えて過ごして」。裁判官が諭し、法廷を出る男をじっと見つめた。

≪常習累犯窃盗罪≫

 昭和初期の特別法で定められた罪。過去10年間に窃盗罪で3回以上、懲役6月以上の刑を受けた場合などに適用される。通常の窃盗罪が「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」なのに比べ、「3年以上20年以下の懲役」という重い刑が科される。龍谷大矯正・保護総合センター長の浜井浩一教授は「重い刑罰によって『盗みぐせ』を矯正しないといけないという古い価値観で作られた法律で、今も残っているのは制度上の不作為だ」と指摘する。窃盗には生活困窮や社会的孤立、精神疾患のクレプトマニア(窃盗症)や認知症といった背景があるとし、「最初に罪を犯した段階で治療や支援につながっていればそもそも服役を繰り返さずに済むので、社会にも理解が求められる」とする。

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