コロナ禍に突入して早2年半以上。いつ終わるともわからぬこの“大敵”との対峙が長引き過ぎて日常化してしまったような昨今、現在放送中の「夜ドラ」『あなたのブツが、ここに』(NHK総合 月〜木22:45〜)が大きな反響を呼んでいる。キャバ嬢から宅配ドライバーに転身したシングルマザーの奮闘を描いた本作は、「ドラマ史上最もコロナの現実に迫った作品」との呼び声が高く、観れば力が湧いてくる極上のエンターテインメントに仕上がっており、ドラマファンから圧倒的な「視聴熱」を集める。なぜ今、こうしたドラマが作られたのか。制作統括の櫻井壮一さんに話をうかがった(前編・中編・後編の前編)。
一一そもそも、このドラマはどういうきっかけで作られたのでしょうか。
櫻井壮一さん(以下、櫻井) 2021年の春頃、「『夜ドラ』の枠でキャバ嬢から宅配ドライバーになる主人公のドラマをやらないか」とだけ提案があったんです。当初はコロナの問題は絡めないという話でした。でも、コロナで飲食業界・宅配業界が大きな影響を受けている事実が目の前にあるのに、それを抜きにしたドラマを作ることに抵抗がありました。であれば、現在の状況をふまえたドラマにするのが自然だと思い、企画を練り直したんです。スタッフ総出で宅配業界、ナイトワーク業界への取材と、資料の読み込みを行いました。両業界の経営者の方と従業員の方に直接お話をうかがってみると、僕らが想像していた以上に厳しい現実がありました。それと並行して、主人公・亜子の「シングルマザー」という設定も決まりました。「苦境にある人が『居場所』を探していく」というのがテーマになる予感がしていたので、その設定がしっくりくるのではないかと。
一一かつてないほどにコロナの現実に肉迫した作風が話題ですが、このトーンに舵をきった理由は?
櫻井 コロナ禍に絡めた他の映像作品をいろいろと観てみたんですが、少なくとも国内では、あまりリアルに寄った作品がないと感じました。企画が動き出した2021年春の時点で、コロナ禍になってすでに1年以上が経過していて、それがもう、僕らにとっての「日常」であり「現実」になっていた。「じゃあ、どうしてこれがドラマにならないんだろう」という疑問が、ずっと僕の中にありました。
一一物語のはじまりが2020年の10月。ニュース番組の感染者数発表や、当時放送していた「朝ドラ」、飲食店への「時短営業要請」など、随所に時期を知らせる“装置”が効いていて、「あの頃」の記憶が鮮明に蘇ります。
櫻井 この作品では「日付」がとても大事だと思っています。物語の流れを練っていく最中、「この時期にこういうニュースがあった」という史実と、同時に自分たちの記憶や、「こういう感覚だったな」みたいなものを掘り起こしていきました。その過程で、「1年前のことって意外と覚えていないんだな」と自分でもびっくりしたんです。でも、その感覚一一「あのとき、こういう感じだったよね」という“空気感”とか“肌ざわり”が、このドラマにとって、とても重要なことだと思いました。
一一今もなお、コロナのために、心に大きな傷を抱えたままの視聴者も少なくないと思われます。
櫻井 非常にシビアなことを扱うので、そこが本当に難しいと思いながら作っていました。誤解を恐れずに言えば、自分たちも何が正解なのかがわからないまま作っています。同時に、「正解がわからない」ことが「答え」なのだという思いもあります。「これが正解だ」とか、「こういうふうにしたらいいよね」というのは、容易に言えることではないので。実際、脚本を作りはじめた2021年の後半、撮影を行った2022年の4〜7月、そして今。それぞれ状況がまったく異なります。とにかく先のことが見えない中、結末をどうするかは本当に悩みました。
▶︎中編「朝ドラ『おちょやん』のスタッフ・キャストが送る、“尼崎発ドラマ”」に続く
関西地方で9月24日(23日深夜)、25日(24日深夜)、26日(25日深夜)、第1話から一挙再放送が決定。「一挙再放送」はNHKプラスでも見逃し配信します。