テレワークが導入されたと思ったら…すればするほど有給休暇が消えてしまう!? 「謎のルール」に社労士の見解は

長岡 杏果 長岡 杏果

新型コロナウイルスの流行をきっかけに、自宅にいながら仕事ができる「テレワーク」という働き方が一般的になってきました。しかし職種や業務の内容によっては、まだ簡単に移行できないことも多いようです。シングルマザーのNさんが勤める会社では、テレワークの導入で、かえって困ったこともあったそうです。有給休暇をめぐって、会社側から労働基準法違反の可能性が高い指示を受けるようになったといいます。

進まぬ電子化…紙文化の職場

Nさんは、正社員で営業事務の仕事をしています。電車に乗り、出勤し、帰宅するという一般的な勤務スタイルです。新型コロナウイルスの影響を大きく受けることなく、ほとんど変わらない仕事をこなしていました。

世間がテレワークへの移行準備をはじめる中、Nさんの会社では一向に準備が進みませんでした。その理由は、Nさんの会社が「紙文化」の職場であったためです。

近年、環境保護や経費削減のためにデジタル化が進む企業もある中、Nさんの会社ではペーパーレス、デジタル化が実現していなかったのです。

もちろん、デジタル化が進んでいなくても、書類を社外に持ち出して仕事をするという方法もあるでしょう。しかしセキュリティの問題上、盗難や紛失のリスクも伴うため、Nさんの会社では書類を持ち出すことが禁止されていました。

また、会社のデータ収集や情報共有も紙で行っているため、これもテレワークの促進を妨げている原因の一つになっていました。書類を電子化させるシステムを導入しない限り、テレワークに100%移行するのはとても難しく、それを実行するには会社の予算も必要となるので中々思うように進みませんでした。

テレワーク導入で、貴重な有給休暇が…

新型コロナウイルスが流行して1年半が経った頃、ようやく一部業務を家でもできるようになりました。緊急時など在宅で仕事がしたい際に、従業員が申し出ることでテレワークができるようになったのです。

しかし、その仕事量は、会社で行える作業の2分の1にもなりませんでした。1日中仕事ができるほどの作業量ではなかったことから、会社は「テレワークを行う際は半日のみ出勤扱いとし、残りの半日分は『有給休暇』にするように」と言い始めました。つまり、何かあったときに休まず仕事ができると思って社員に歓迎されたテレワークでしたが、すればするほど、有給休暇が消えてしまうという“謎のルール”ができてしまいました。

シングルマザーにとって有給休暇というものはとても大切です。子どもが体調を崩したときや、学校行事に参加するのに使うため、極力「消化」したくありません。Nさんのお子さんは小学校に通っていますが、コロナでたびたび学級閉鎖が起こっていました。そのような時こそテレワークを活用したいところですが、有給休暇が使われてしまうとなると、ためらってしまいます。

もちろんNさんは納得できず、会社と相談しましたが、対応は変わりませんでした。

その後、第6と第7波の間に小学校で学級閉鎖があり、実際にテレワークをすることになったNさん。学級閉鎖の期間は長いと1週間程度ありましたが、会社からは一方的に「仕事の分量的に、この日は勤務にしてよいが、この日は有給休暇の扱いにすること」など、テレワークを行った期間の半分ほど有給休暇を取るように指示を受けたそうです。

Nさんは通算で10日ほどテレワークを行いましたが、その結果取得せざるを得なかった有給休暇は5日。Nさんは「社風としてあまり意見が通らないのでこういうことは日常茶飯事」と、あきらめ顔です。今後懸念されているコロナの第8波を前に、有給休暇の日数が足りるのかどうか心配しています。

実際、Nさんの身の回りの社員の中には、テレワークによって減った有給休暇の残り日数のことを気にして、体調が優れないときに無理に出勤していた人もいたようです。

社労士「労働基準法違反の可能性も」

このようなテレワークと有給休暇をめぐる会社側の指示について、人事労務の専門家の立場から見た場合、どのような問題があるのでしょうか。社会保険労務士の三谷文夫さんに話を聞きました。

――Nさんのお話について、労務管理の法律や制度の視点からはどのようなことが考えられますか。

三谷さん:問題があります。年次有給休暇は、労働者の権利であり、原則として労働者の請求する日に与えなければならないものです。例外は、業務の都合上、どうしてもその日に年次有給休暇を取得してもらうと困る、といった事情がある場合に限られ、その際も会社は取得日の変更を求めることしかできません(労働基準法39条)。

そのため、労働者の同意もなく一方的に会社が指示して取得させることはできません。これは、丸一日の年次有給休暇でなく、半日単位での年次有給休暇であっても同様です。よって、「テレワークを行った日=半日有休休暇取得日」と労働者の同意もなく会社の一方的な指示で運用している点が問題となります。

――社員のみなさんは改善を求めることができるのでしょうか。

三谷さん:今回の運用は労働基準法違反の可能性が高いので、改善を求めることができます。会社に就業規則がある場合には、年次有給休暇に関する項目を確認し、その通りの運用がなされていない場合には、就業規則通りの運用ができていない点を指摘することができるでしょう。

下記の改善方法も参考に、会社あるいは労務担当者にその旨を伝えて下さい。それでも会社が対応してくれない場合は、労働基準監督署に相談して下さい。

【改善方法】

①テレワークと年次有休休暇を切り分けるようにしてもらう
②「時間単位」の年次有給休暇制度を導入してもらう

半日単位ではなく、時間単位で年次有休休暇が取得できると、労働者も会社も運用しやすくなるかもしれません。例えば、通常勤務よりも短いテレワークの場合、残りの時間は時間単位で取得する、という運用です。もちろん、会社が一方的に有休処理するのは前述のとおり違法となります。しかし、時間単位であれば、労働者も有休の残り日数の減り方が緩和されるため、自主的に取得する動きにはなりやすいと思われます。

③テレワーク時のルールを定めた「テレワーク規則」を作成してもらう。

①②に挙げた内容を考慮したテレワーク時の労働時間、休暇等の規則を作成します。この規則の中で、年次有給休暇の取得や労働時間の把握の仕方、賃金等を明確にしておきます。通常の就業規則ではテレワークでの労務管理にマッチしない場合もありますので、テレワーク専用の規則は労使トラブル回避のために有効です。

◆三谷文夫(みたに・ふみお) 社会保険労務士・産業カウンセラー。兵庫県三田市にある「三谷社会保険労務士事務所」代表。1977年生まれ。製造業の会社で労務管理を担当後、2013年に社会保険労務士として独立。これまでに60社以上の企業の労務管理に携わる。2020年から関西学院大学非常勤講師。2022年6月に『図解と事例これ一冊!労務管理の基本がぜんぶわかる本』を出版。https://amzn.asia/d/89GGdgd

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