電車の走る音、ブレーキ音、アナウンス、発車メロディー……。駅のホームは多くの環境音であふれていて、電車やホームの状況を知ることができます。駅で発生する環境音を視覚的に表現する装置「エキマトペ」が、上野駅で実証実験中。初めて「エキマトペ」を見た感動を漫画に描いたうさささんと、開発に携わった富士通に話を聞きました。
漫画家のうささ(@usasa21)さんは耳がきこえないため、補聴器で聴覚を補っていますが、どこから来た、何の音なのかを判別することはできません。人と会話する場合、状況や口の形から、相手の伝えたいことを予想することができますが、環境音や案内音についてはまったくわかりません。バスや電車に関係する音の存在は、漫画で知ったそうです。
実際に駅のホームで鳴っているさまざまな音の“正解”は知りませんが、駅にある看板や電光掲示板などで最低限の情報がわかるので、聞こえている音が何の音なのか誰かに聞く必要はありません。「聞こえない私が すべての音を知るなんて 夢物語のよう」。どこかあきらめの気持ちもあったうさささんですが、ある日、上野駅でエキマトペに出会います。
自動販売機の上部に取り付けられたエキマトペの画面には、電車が近づく時に聞こえる音が「ビュウゥゥゥゥ」と擬音で、電車の来るホームや行き先などのアナウンスが文字と手話で表示されました。文字や動画で表現された音には、初めて出会うものもあり、「知らなかったことばかりだ これが正解の音たち」と、驚きと感動を覚えるうさささん。
エキマトペを見ながら、うさささんは、聴者(耳が聞こえる人)にとても近い形でホームに立っていることを感慨深く思いました。そして、聞こえなくても「すべての音をその場で知ることができる」日がいつかやってくるかもしれないと、期待を胸に自宅へと向かったのでした。
そんな音を読む体験を描いた漫画には、「テクノロジーすごい」「こういう、技術が届く話、大好き。私が開発する立場だったら擬音まで表現は思いつかなかったかも…デザインした人すごい」「健常者だとふーんくらいにしか思わないこの機器で救われる人がいるということが知れてバリアフリーの観点からもっと様々なものへのIT化の必要性を感じた。漫画化して巧みに表現してるのも素晴らしい」などの声が寄せられ、最先端の技術でバリアフリーが実現することに感動した人が多くいたことがうかがえます。
また、聴覚に障害がある人からは、「僕も耳が聞こえないので、よくわかります。駅内に手話通訳が付いていたことははじめて知りました。すごいですね」「聴こえにくい私もすごい助かる。ぜひ全国にとりいれてほしい……」といったコメントも。
そして、「エキマトペ 知らなかった もっと広がるとよいねぇ」「#エキマトペ 全国に設置されるといいですね」「なんこれすごい。エキマトペ?ずっとやって欲しい」「AIによる音声分析結果を可視化する装置。近い将来スマホ単体で高精度に実現されることに期待。(*´-`)ノ」と、普及や実用化、モバイル化などを求める人もいました。
「エキマトペ」で駅のホームが、音が溢れる世界に変わった!
多くの人の心を揺さぶり、バリアフリーの大切さを感じさせる漫画を描いたうさささん。耳が聞こえない人の視点で描く日常や子育てについての漫画は、ツイッターやインスタグラムで公開、子育て情報誌kodomoe(コドモエ)ウェブでも連載中です。今回、エキマトペを見て一番驚いたことや、音声を視覚表現に変換する技術に期待することなどを話してもらいました。
――上野駅に行くまで、「エキマトペ」の存在については知っていましたか。
「エキマトペをデザインされた、方山れいこさんの設置ツイートが流れてき、そこで知りました。これは是非とも行かねば! と胸が躍る思いでした」
――「エキマトペ」を見て、一番驚いた点は何ですか。
「全部なんです。音に関するものは全て予測のみなので、エキマトペに表示されるもの全てが私にとっては『知らなかった!』ことの連続でした。ホームでの世界が一気に変わったんです。予測しなくていい、とても自然な形でホームに溢れる音を知ることができる。私は聴者にとても近い形であの場に立てたんだと感動しました」
――「エキマトペ」があることで、駅がより安全になった、使いやすくなったと感じますか。
「見たのはまだ1回のみなので、まだ分からないのですが……もしも遅延情報(遅延した理由や振替輸送案内など詳細)も表示されるようになったらもっと使いやすくなったと実感できると思います」
――今後、エキマトペのように聴覚を補う設備に期待することはありますか。
「日常はまだまだ知らない音で溢れています。例えば、冷蔵庫や洗濯機などのエラー音に全く気付けないので、目に見えるよう改良してもらいたいなと思っています」
「『全国に設置して欲しい』という声も届いています」
アナウンスや電車の発着音など駅の音情報を文字や手話で視覚的に表示する「エキマトペ」は、2021年7月に川崎市立ろう学校で行われたワークショップ「未来の通学」で、生徒たちが出したアイデアを活かし、富士通、JR東日本、大日本印刷の3社が合同で開発しました。
同年、9月13日から15日にJR巣鴨駅で最初の実証実験を実施。省スペース化やコスト削減のため筐体を改善し、地域の手話サークルやボランティア団体などの活動情報を掲示できる機能を加えて、今年6月15日から12月14日まで(平日10時~17時)、JR上野駅の1・2番線(京浜東北線と山手線)にて第2弾の実証実験を行っています。
今回、富士通の「エキマトペ」開発プロジェクトリーダー、本多さんに開発の経緯や大切にしたこと、駅利用者の反応についてたずねてみました。
――どのような経緯で開発が始まりましたか。
「JR東日本さんが東京オリンピック・パラリンピックのために開催したイベントで、音を光や振動にして表現する『Ontenna(オンテナ・注1)』を紹介したのがきっかけです。その『オンテナ』を見たJR東日本さんが、『一緒にプロジェクトをやりたい』と声を掛けてくれました。
そして、2021年7月に川崎市立ろう学校で『みらいの通学をデザインしよう』というワークショップを実施し、子どもたちの『音声を文字にしてほしい』『手話を出してほしい』というアイデアを元に、『エキマトペ』を開発しました」
(注1)Ontenna(オンテナ):60~90デシベルの音を256段階の振動と光の強さにリアルタイミングで変換し、音の大きさやリズム、パターンなどを伝達するユーザインターフェース。髪の毛や耳たぶ、えり元、袖口に装着して使用
――開発の過程で大切にしたことを教えてください。
「当事者、ろう学校の子どもたちの意見を大事にすることです。子どもたちのアイデアをどう実現するか。『出しておしまい』ではなく、ちゃんとアイデアを実現して、実際の場所に置くところまでやろうと思いました」
――とはいえ、アイデアを実現するのに難しかったこともあったのでは。
「AIは音や言葉を学習させなければいけないので、実際の駅で鳴っているたくさんの音をAIに聞かせて学ばせる、アノテーションという工程が大変でした。一つひとつの音をどう表示するか、ラベリングしなければならなかったんです。
設置も『風が吹いて落ちたら困る』など、いろんな制約がありました。今までしたことのない『エキマトペ』を設置するための設計をしたり、安全のためにワイヤーで固定したりする必要がありました。また、設置できる場所もなかなか見つからず、JRの方々が一生懸命探してくれました」
――設置してからの反応はいかがですか?
「『全国に設置してほしい』『設置してくれて感謝している』といった声がありました。特に、漫画を描いてくれた方など、当事者からのコメントがうれしかった。漫画に対していろいろ共感の輪が広がっているのもうれしかったです」
――エキマトペの今後の展開を教えて頂けますか。
「今後はまだ未定です。実証実験の結果を踏まえて検討しようと思っています。『全国に設置してほしい』という声もありますが、お金が掛かり、メンテナンスも必要になります。手のかかる装置なので、どうやってメンテナンスするかも課題です。今、富士通の中でメンテナンスできる社員を増やしていますが、全国となると人が足りません」
――読者へのメッセージがあれば、お願いいたします。
「エキマトペを通じて、駅を利用する人たちの中で、これまで聴覚障害について身近に感じられなかった人、あまり考えたことがなかった人も、考える機会になったのではないかと思っています。エキマトペを見てダイバーシティについて考え、一人ひとりの行動変容を促せればと願っています。みなさん、ぜひ、機会があれば上野駅に見に行ってください」
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聴覚障害の子どもたちのアイデアを苦心しつつ形にし、当事者の反応を喜ぶ本多さん。さらに、耳が聞こえる人も「エキマトペ」を通して、認識を変えてほしいと願うことに、スケールの大きさを感じました。漫画の感想を見ると半ば実現されているようにも思えますが、これはまだ1カ所のみ。今後の発展を願わずにはいられません。12月14日までのJR上野駅での実証実験期間中に、聴覚障害の有無に関わらず多くの人が「エキマトペ」を見て、さまざまなことを考え、感じ取るきっかけとなりますように。
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■うさささんの漫画連載「耳がきこえないママときこえるムスメのおはなし」 https://kodomoe.net/serial/kikoenai/
■富士通株式会社「エキマトペ」 https://ekimatopeia.jp/