福岡県春日市にある雑貨店「オリオン」。店主の辻佳奈子さん(33)はオーナーの母・安倍弘子さんとともに店を経営するかたわら、生後4カ月くらいまでの子猫の保護、譲渡活動を行なっており、この11年間で譲渡した子猫は千匹以上になる。そんな同店に2021年7月、キジトラの「とら」(愛称とらさん、オス、1歳)がやってきた。とらは胸郭の奇形により発症する「漏斗胸(ろうときょう)」の手術を乗り越え、元気になったものの、今年3月、心臓の難病である「右室二腔症(うしつにくうしょう)」と診断された。
一時は「助かる見込みはない」と告げられたが、辻さんは諦めなかった。「とらさんを助けたい」と支援の輪が広がり、今年12月初旬、とらは難手術に挑むことに。とらとの出会いやこれまでの経緯などについて、辻さんに話を聞いた。
とらは昨年7月、うちにやってきました。太宰府市内で保護された野良の子で、当時、生後2カ月半くらい。病院で検査したところ「漏斗胸」と診断され、保護主の女性がここへ相談にきたんです。漏斗胸とは、胸部の骨が漏斗のように奇形して心肺に食い込み、心血管系の機能不全や呼吸困難などを引き起こす病気です。
私はかつて、ハチワレの「ひかり」(オス、5歳で没)、キジトラの「げん」(メス、5歳で没)という仲のいいきょうだい猫を飼っていました。どちらも病弱だったんですが、ひかりの方が漏斗胸の手術をして元気になった経験がありました。とらは、ひかりと同じ病気で外見はげんにそっくり。まるで2匹が合体して生まれ変わったかのようで運命を感じ、とらを家族に迎えることにしました。
漏斗胸の手術は骨がまだ柔らかい生後3カ月ごろまでにする必要があり、早く治療を開始しなければいけません。店のSNS(インスタグラム)でこの病気やとらのことについて発信し、1回15万円かかる手術費用を募ると、多くのフォロワーさんが支援を申し出てくれて、昨年8月と10月の2回、無事、手術を終えることができました。
元気になって店に帰ってくると、「おかえり」「よくがんばったね」との声をたくさんいだたきました。ファンが増えてとらは店のアイドルに。「よかった、よかった」とみんなで安堵していたんです。ところが…。
かかりつけ医へ駆け込んだ
今年2月のある日、営業中にお客さんと話していて「この子がとらです」と店のケージの中で寝ているとらを紹介したとき、とらがきつそうにべたーっとした体勢で寝ていたんです。明らかにいつもとは違う寝方だったため、すぐに店を閉めて、漏斗胸の手術をしてくれた、かかりつけ医の先生のところへ駆け込みました。
先生によると「右室二腔症ではないか」とのことでした。右室二腔症というのは、心臓の右室内で筋線維が異常発達して右室が2つあるような状態になり、心臓などに負担がかかる難病です。現在、犬への手術は行われていますが、犬と比べて体が小さい猫への手術は非常に難しく、「助かる見込みはない。おそらくあと数カ月の命」と告げられました。
その日の夕方、「せっかく元気になれたのに…落ち込んでいます…」と、とらを応援してくださっている方々に報告するため、インスタライブをしました。すると、それを観てくださっていた一人が「右室二腔症の手術をした猫の事例が大阪で1例ありますよ」と調べて教えてくれたんです。その猫は昨年4月、大阪の動物病院で手術し、今も元気とのことでした。
その後、福岡の心臓専門の先生に精密検査をしてもらうと「右室二腔症」で間違いないとのこと。大阪の動物病院で手術した先生に繋いでもらえることになりました。ただ、検査、手術、入院などで治療費は約200万円かかるということもわかりました。どう工面したらいいか悩みましたが、この11年間、私は母とともに千匹以上の子猫を保護、譲渡してきましたし、私たちをサポートしてくださる方々も年々増え、費用を集める自信はありました。漏斗胸を乗り越えて助かった命。今度も諦めず全力で挑戦してみようと。
4月、店の11周年イベントの予定を、急遽「とらのチャリティーイベント」に変更して開催しました。すると「とらさんの手術を応援したい」と、コロナ禍にもかかわらず、会場には1500人以上の方々がやって来てくれました。出店した34店舗の商品はほぼすべて完売。売上全額寄付の商品を送ってきてくれた有名作家さんもいて、1日で計66万円になりました。
5月初め、インスタライブでとらの病状を改めて説明し、「とらさん募金」を募ると、「猫の保護活動をしたいけど、今、自分はできないので、応援させてください」「とらさんがうちの子にそっくりなので」「とらさん、がんばって!」と、多くの方々が続々と寄付を申し出てくださいました。おかげで5月末、チャリティーイベント分と合わせ、目標金額を達成することができたんです。
12月に難手術に挑む
とらの右室二腔症の手術は今年12月初旬、大阪の動物病院で行う予定です。心臓を止めたり人工心肺にしたりするため、担当の先生はとらの心臓の模型を作り、アプローチ法を検討するなど、準備を整えてくれています。当日は輸血猫が3匹以上必要なのですが、昨年4月、同じ病気で手術した猫の飼い主さんが協力してくれることになりました。たくさんの方々の支援や協力を得て、とらは難手術に臨みます。
とらがうちへやって来てから、私の中でいろんなことが変わりました。こんな難病があることはもちろん知らなかったし、様々な病気に対するケアの仕方、食事や薬についてなど、猫への知見がより深まり、子猫を譲渡した里親さんの悩みや相談に対しても説得力をもって話すことができるようになりました。とらのことを応援してくれている方の中には「うちの猫は別の病気だけど、とらさんに励まされ、治療に挑むことにした」といった方もおられます。
かかりつけ医の先生は「手術することで症例数が増え、この難病に対する治療の道がもっと開ける。それにいま挑戦できるのは、辻さんととらさんだけだ」と背中を押してくれました。寒い冬の夜空に輝くオリオンのように、とらは「猫界の希望の星」だと思っています。応援してくださっているたくさんの方々に、こんなに元気になったよと嬉しい報告をすることが、今の私の目標です。
*同店では、手術後の治療費などに充てるため、「とらさん募金」を続けています。問い合わせは下記インスタグラムまで。
【店名】「オリオン」
【住所】福岡県春日市春日原東町2-9-7
【インスタグラム】@orionfukuoka