ミキサーにかけた胎盤から赤ワインのような液体 新米産婦人科医のミッションはホルモン抽出だった 

ドクター備忘録

川口 惠子 川口 惠子

私が大学を卒業して産婦人科医になった当時は、まず大学の産婦人科教室に入局するのが普通のコースでした。医局では幾つかのグループに分かれて研究をしていましたが、新入医局員は教授の命によりそれぞれのグループに振り分けられました。私は胎盤グループに入ることになりました。

胎盤といえば子宮の中で赤ちゃんを育てる重要な役割を担っていることは知っていましたが、分娩が終わればスタッフの注意は赤ちゃんに集中し、その後ゾロリと出てくる胎盤など医療廃棄物の一つぐらいに思っていました。

胎盤グループは胎盤に含まれるホルモンについて研究しており、新米医師の仕事は胎盤からホルモンを抽出することでした。まず病棟の冷蔵庫から10個くらいの胎盤を取り出しそれをミキサーにかけた後大きな麻の袋に入れて濾します。すると下のバケツに赤ワインのような液体が溜まります。

作業手順を教えて下さった先輩のM先生が「この赤い液体を手に塗ったらスベスベになるよ。胎盤には何か分からない不思議な物質が入っているんだな。ちょっと素手で触ってみ」と言いました。気持ち悪くて私はできませんでした。そこから幾つかの段階を経て1ccくらいの白い粉末が残ります。それが胎盤ホルモンで、胎盤グループの研究材料でした。

助教授のH先生は「胎盤を少し体の中に埋め込むと大変元気になるということを聞いたことあります」と話していました。生の胎盤を埋め込むなんてとんでもない話だと思っていました。けれど胎盤には人の生命力を高めるパワーがあるに違いないとも思いました。

中国では古くから胎盤は紫河車(シカシャ)と呼ばれ、漢方薬の材料になっていました。1930~1950年代には日本でも胎盤を人体に埋め込む「組織療法」が実際に行われ効果もあったようです。その後胎盤を埋め込むのではなく、胎盤抽出物を注射する方法がプラセンタ療法として広く行われるようになりました。

プラセンタエキスには自律神経を調整する、免疫力を高める、炎症を抑える、老化の元になる活性酸素を除去するなど様々な作用があります。更年期症状の緩和にも有効で45歳から60歳までの方に1回につき1アンプルを月10回くらい投与することが健康保険で認められております。

美容クリニックでは大量のプラセンタをビタミン剤などと一緒に点滴するカクテル療法が行われれています。美肌には効果があるのかもしれませんが自費扱いになります。当クリニックでも更年期の方に健康保険の範囲内でプラセンタを注射しています。女性ホルモン補充療法に比べるとホットフラシュや汗の改善作用は弱いようですが、疲れにくくなり、元気になるようです。また副作用の報告もほとんどないので安心して使用できます。

そのプラセンタですが胎盤の一体何が有効なのか実はまだよく分かっていないのです。プラセンタには女性ホルモンが入っていると思われがちですが、実は入っていません。様々な細胞を成長させる成分や免疫力をアップする成分が入っているらしいのです。ちなみに私が胎盤グループで精製していた胎盤ホルモンもプラセンタエキスの中には入っておらず、作業の途中で捨てていた赤い液体の中に有効成分が含まれていたと思います。そちらの方に研究の目を向けていたら、お肌ピカピカクリームを開発して今頃大金持ちになっていたかもしれません。 

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