長渕剛の「いいね!」が実らせた還暦過ぎの作家デビュー 『うえから京都』著者に聞く

石井 隼人 石井 隼人

7月15日発売の長編小説『うえから京都』(角川春樹事務所刊)は、“女版龍馬”坂本龍子が薩長同盟ならぬ京阪神同盟を組んで“首都分散構想”に奔走する痛快コメディ作。著者は、これが小説初執筆にして還暦過ぎの作家デビューとなる篠友子(61)。

宣伝会社MUSAの代表で、これまでに映画『太陽の家』(2020年)、『みをつくし料理帖』(2020年)など100作品以上の邦画に関わってきた名物宣伝ウーマンだ。還暦をこえての新たなる挑戦の背中を押したもの、それはカリスマシンガーソングライター・長渕剛の「いいね!」だった。

『しゃくなげ色の空』PR文章を担当して

きっかけは19年ぶりに長渕が映画主演した『太陽の家』のPR業務に携わったこと。持ち前の明るさと誠実さが気に入られたのか、映画公開後しばらくしてから長渕から直接連絡を受けて、新曲『しゃくなげ色の空』発売に関してのプレスリリース文章の作成を依頼された。

「映画宣伝には文章に関わる仕事もあります。私がもともと文章を書くことが好きだったので、作品を告知するための執筆仕事も苦にならず率先してやってきました。しかし長渕さんからの依頼は曲に関するもの。言葉を紡いで生まれた詩を言葉でPRするにはどうするべきか?と悩みました」。

しかも『しゃくなげ色の空』は、新型コロナウイルス感染拡大の影響による自粛要請期間中に長渕が日本中の人々の心を代弁するかのように紡ぎだした魂の一曲。長渕が生み出した名曲は数多いが、それまでの名曲とは状況も意味合いも大きく異なる楽曲でもある。篠は曲を聞き込み、歌詞を読み込み、詞の行間に込められた長渕の想いも汲み取るように報道各社に送るリリースの文章を書きあげたという。

完成した文章を読んだ長渕の第一声は「篠さん、いいね!」という絶賛。修正もほとんどなく、篠が思いを込めて書いたPR文はプレスリリースとして報道各社に配信され、新聞や雑誌、WEB媒体に掲載された。

「長渕さんは言葉を大事にされている方なので、普段の映画作品以上に神経を使って書きました。それがまさかの一発OK。しかも『いいね!』と褒めていただけるとは思わず。頭の中は『あの長渕剛さんに褒められた!?ウソでしょ!?』でした」と思い出し笑い。ちなみにある記者からも「今まで僕が目にしてきたリリースの中で一番と言えるぐらい完璧な文章だった」との連絡があったそうだ。

家族が大ウケしたことから生まれたコメディ

エンターテインメント業界全体が停滞したコロナ禍。それまで多忙だった篠にも空白の期間が訪れた。少しの辛抱だと我慢をしていたものの、長引く停滞感に精神的に落ち込んでしまったという。そんなときに思い出したのが長渕からの「いいね!」だった。

「気持ちも落ち込んで鬱になりそうなときに長渕さんに褒めていただいたことを思い出しました。『しゃくなげ色の空』のプレスリリースは、歌詞の世界に入り込んで長渕さんの思いを汲み取る様にして書きました。であるならば自分の頭の中にある物語もその勢いで書いたら形になるのではないか?と小説にチャレンジすることを決めました」。

ストーリーのアイデアは、家族と映画『翔んで埼玉』(2019年)のCMをTVで観たときに放った「これがもし関西だったら『うえから京都』だね!」という冗談。家族が大ウケしたことから、妄想ストーリーとして密かに発展させて頭の中に閉まっておいたものだ。冒頭数ページを書いたところで『みをつくし料理帖』宣伝業務の際に知り合った角川春樹事務所の編集者から丁寧なアドバイスと激励を受け、一気に書き上げたという。

「そして角川春樹社長から『細かい手直しは必要だが、本にしてもいいのではないか』という判断が下りました。その知らせを受けたときは舞い上がるほど興奮。お恥ずかしいですが、ウルッと来ました。長渕さんに褒めていただいたときと同様に『ウソでしょ?』と。いまだにその感覚が抜けません」と驚きを隠せない。

長渕剛も「凄いね!よくやったね!」

背中を押してくれた言葉をくれた長渕には作家デビューをすぐに報告。「長渕さんは『凄いね!よくやったね!』と私の還暦過ぎての作家デビューを祝福してくれました。長渕さんとのエピソードについても話すことを快諾してくださって応援してくれています。あの時の『いいね!』という一言は、ご本人が思っている以上に私にとっては人生を変える一言になりました」と感謝している。

還暦過ぎの作家デビューだけでは終わらないつもり。『うえから京都』の映画化が新たな目標だ。「水面下で映画化プロジェクトは動いていますが、映画作りが簡単ではないことは本業を通して知っているので慎重にやっていきたいです。それなりの規模の作品にはしたいし、原作・脚本そして、少しだけプロデュースにも関われたら嬉しいです」と夢は広がるばかりだ。

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