超高齢社会、進みにくい若年世代への資産移転 税制によって促進することは可能か

北御門 孝 北御門 孝

令和4年度税制大綱が公表された際にも取り上げた我が国の「相続税・贈与税のあり方」について、「税制審議会」の答申についてできる限り分かりやすく解説してみたい。なお、税制審議会は日本税理士連合会会長の諮問機関であるが、そのメンバーは広く「学」・「財」・税理士弁護士等の「実務家」から構成されており、「税制調査会」とはまた違った視点で答申を出している。

我が国は先進国のなかでもいち早く超高齢社会を迎え、「老老相続」が増加し資産の若年世代への移転が進みにくい状況にある。より早いタイミングで資産の移転が進めばその有効活用から経済の活性化につながることが期待されている。そこで次の二点について検討していく。

①  資産の早期移転を税制によって促進することは可能であるのか。
②  資産の移転時期によって不公平の生じない税制とは。

まず、①の税制により早期移転を促進可能かについてだが、当然ながら様々な要素によって意思決定されるわけで税制のみによっての動機づけは困難である。ただ、税制が障害になることは避けなければならない。そのためのひとつには贈与税の基礎控除額を引き上げる必要がある。現行の基礎控除額は平成13年以降20年以上にわたり110万円に据え置きだ。また税率については相続税と比較して同等の負担感にしなければ贈与に対し抑制的に働いてしまうだろう。

現行の相続税には相続開始前3年以内の生前贈与財産については加算制度が存在するが、これは駆け込み贈与による相続税回避を防止する目的で設けられている。この「3年以内」を「5年以内」ないし「7年以内」など対象期間を延長するという案がある。これは相続税の回避行為の防止策としては有効かもしれないが、資産の移転促進に有効かどうかは不明だと考えられている。また、期間を長くするということはその間の贈与額を管理・記録・捕捉する必要が生じ、少額なものについてまでは実際問題困難である。基礎控除との関連で仕組みを見直す必要がある。

次の②の資産の移転時期によって不公平の生じない税制とは、「資産移転の時期の選択に中立的な税制」として資産の移転方法やその金額にかかわらず、税負担が最終的に一定となる税制のことだ。もし可能になれば当事者間において税負担のことを意識せずニーズに即した資産の移転が可能になるといわれる。また、同時に資産の分割贈与、連年贈与による節税策の防止という効果もある。現行の相続税の制度においても「相続時精算課税制度」を選択することができ、この制度を選択する届け出をすると贈与財産と相続財産を一体化し、統合して相続税課税が行われる。

この選択をした以後については資産の移転の時期に中立的な税制といえる。しかしながら、この制度の利用状況は低迷しており、十分な効果が認められない。それは「問題点」あるいは納税者からみた「課税上のリスク」があるとみられているからであり、この制度を活用していくというのであれば問題点やリスクの排除を行う必要があるだろう。一つには課税の予測可能性についてだ。税制改正が頻繁に行われる我が国の税制のなかで比較的長いスパンでの予測は困難であり、改正が行われた場合の不利益に対する保証の制度を考えておくべきではないか。

また、贈与財産の価値が変動するものであったとき現在価値で課税を受ける相続時精算課税ではどうしても価格変動リスクが生じる。被災した場合等も含めてなんらかの救済措置が必要ではないか。さらには、小規模宅地等の特例適用の問題だ。相続時に課税し直すにもかかわらず小規模宅地等の特例が適用されない。これでは自宅が空き家になっても名義の変更せずにそっと置いておくことを助長していることになるのでないか。さらに付け加えると相続時精算課税制度を選択すると基礎控除がまったく使えなくなる。ということは少額の贈与であっても記録・管理・捕捉を行う必要が生じてくる。実務的には困難であるので相続時精算課税制度の適用中であってもいくらかの基礎控除を設定することも検討すべきではないか。

我が国の個人保有財産が高齢者に偏り、高齢化が進むなかで若年世代に資産の移転が進まないことは10年以上前から予測可能なことだった。また、国際的に見れば相続税を廃止・縮小する国や地域が増加するなかで、税制改正によって平成27年以降の相続税申告者は倍増し、いわゆる大衆課税化したが、このことは国民に広く容認されているのかどうか。さらに相続税回避のために人や物が国外に流出し、我が国が空洞化することが国民の福祉に資するかどうかも検証する必要がある。

もし相続税の課税強化をする必要がないのであればそれを補完する贈与税の課税強化の必要性も薄れ、世代間の資産移転が容易な税制が構築しやすくなる。国民が納得できる税制が構築されることを期待したい。

「資産移転の時期の選択に中立的な相続税・贈与税のあり方について」
令和4年2月―令和3年度諮問に対する答申―日本税理士連合会税制審議会

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