視力を失い盲導犬と暮らす女性、眼前に広がる世界を絵で表現 カラフルな幻視が見える「シャルル・ボネ症候群」とは

岡部 充代 岡部 充代

『シャルル・ボネ症候群』という言葉を聞いたことがあるでしょうか。何らかの原因で視力が低下した人が、実際には存在しない人間や動物、建物や風景など“幻視”を見る症状のことです。

 東京在住のセアまりさん(本名・浅野麻里さん=72歳)にこの症状が出始めたのは約20年前。そして10年程前から見えるものが劇的に変化したと言います。

「現実世界の前に、色鮮やかな幾何学模様や動く花々、そそり立つ建物、徐々に動物に変化していく人間の顔などが、何層にも現れては消えていくようになりました。すべて透明なので重なって見えるんです」

盲導犬が教えてくれた幸せな生き方

 セアまりさんは両親ともに画家の家庭に育ち、幼い頃から絵に親しんできました。大人になり友禅の染色家として活動していましたが、『網膜色素変性症』という難病を患い視力低下や視野狭窄が進行、染色の仕事は断念せざるを得なくなりました。そんなセアまりさんに再び“光”を与えてくれたのが盲導犬・フリルです。

「文字通り尻尾をフリフリして私の足に当ててくるから、幸せが足から上がってくるんです。盲導犬ユーザーは皆さん言いますが、安全歩行をくれるだけでなく、心も生活も豊かにしてくれる。怖くて足元ばかり見ていたのが、顔が上に向くんです。それがうれしくて。こんなことがありました。ある男性がフリルに罵声を浴びせたんです。でもフリルはずっと尻尾を振っていました。すると男性が『負けた』と。そのとき思ったんです。私もフリルのように生きて行こうって」

 のちにセアまりさんは自身とフリルをモデルに絵本『もうどうけん ふりふりとまり』(幻冬舎エデュケーション)を出版。そして今は2代目・ベーチェルと暮らし、視覚障がい者や盲導犬について理解を深めてもらいたいと、2冊目の絵本『もうどう犬べぇべ』(ほるぷ出版)を出版しました。

 また、視力低下が進む中でスキューバダイビングやフリーダイビングにも挑戦。2018年、千葉で開かれたフリーダイビングの国際大会では、プールの中をフィンを付けて水平に進み距離を競う種目に出場、ネックだったターンに成功し、自己ベストを更新する87メートルを一息で泳ぎ切りました。68歳のときのことです。

今日が一番見えている日

「今日が一番見えている日」と言うセアまりさんは歩みを止めません。今度は『シャルル・ボネ症候群』によって目の前に広がる世界を絵で表現することにしました。残された視野は「針の穴ほど」。しかも光と影、白と黒のコントラストが感じられる程度だと言います。ではどうやって絵を描くのか。黒い紙の上に透明のアクリル板を置き、そこに照明を当てながらマニキュアやマーカーペンで描くのだそうです。途中でペン先を離すと続きを描けなくなるので、すべて一筆で。乾くと触ったときにザラッとした感触がして、描いた線をたどることができます。文字にすると分かりづらいので、ぜひセアまりさんのYouTube動画をご覧ください。「セアまり シャルルボネ」でも検索可能です。

「もともと絵心があったから描けるのだと思います」とご本人は言いますが、とはいえ、すべてを一人で描くことはできません。サポートしてくれる人たちの存在があって初めて成立するのです。自分で描くのはイメージを伝えにくい人や動物の顔、連続する線など。それ以外は見えたものの色や形を第三者に伝え、再現してもらいます。相当な時間と労力を要することは想像に難くありませんが、それでもサポートしたいと思わせるものをセアまりさんは持っていると、インタビューを通じて感じました。

 

東京に続いて神戸で作品展を開催

 2020年11月には都内のギャラリーで初の作品展を開催。コロナ禍の中、多くの人が足を運びました。中には同じ症状に悩む人もいて、とても喜ばれたそうです。幻視の世界が可視化されるのは画期的なことだったに違いありません。作品展のタイトルは『景絵(ひかりえ)-見えない私が見る世界-』。景絵(ひかりえ)とは、作品を表現するために付けたセアまりさんオリジナルのジャンル名です。

 その作品展が今度は神戸で開催されることになりました。期間は5月11日から25日まで。会場は神戸アイセンター2F・ビジョンパーク。初日にはセアまりさんが来場し、Zoomによるオンラインギャラリートークも催されます(こちらから要事前申し込み)。

「私の場合、朝起きてから夜眠るまでずっと目の前に幻視が広がっているので、つらいと思ってしまうと気が狂いそうになります。でも、見えているものは幻想的で美しい。それを作品にして見ていただけるのはうれしいですね。やはり(画家だった)両親の血が流れているのでしょう。この目を神様がくれたから今の私があると思っています」

 視力をほぼ失い、見えないはずのセアまりさんがどのような世界を見ているのか。私も会場で“体験”したいと思います。

 

作品展『景絵(ひかりえ)-見えない私が見る世界-』
期間:2022年5月11日(水)~25日(水)/土日定休
時間:10:00~16:00
会場:神戸アイセンター2F・ビジョンパーク
作者在廊:5月11日(水)、12日(木)、13日(金)、24日(火)午後、25日(水)
オンラインギャラリートーク:5月11日・13:00〜14:00(要事前申し込み)

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