昭和の日に思い出す懐かしの社員旅行 バブル崩壊後20年で半減していた 秘宝館も熱海だけ

小嶋 あきら 小嶋 あきら

 4月29日は祝日「昭和の日」です。昭和前半は「天長節」(1927〜1947年)、その後は「天皇誕生日」(1948〜1988年)、昭和天皇崩御後は自然の恩恵に感謝する「みどりの日」(1989〜2006年)になり、さらに2007年に法改正で「昭和の日」と変わりました。

 最近「昭和レトロ」とよく耳にします。平成元年が1989年ですから、昭和が終わってもう33年なんですね。昭和に流行っていていま廃れているもの、ノスタルジーを感じるものはたくさんあります。たとえば「ドライブイン」「ジャングル温泉」「社員運動会」とか、最近とんと聞きません。でも、ちょっと懐かしくありませんか?筆者は昭和の終わり頃に就職した世代ですが、特に懐かしく感じるのは「社員旅行」です。

「社員旅行」と「慰安旅行」

 社員旅行や慰安旅行というと、旅好きの人たちからは「あんなものは旅じゃない」と下に見られることもあったように思います。土曜日、仕事が終わってから会社の前でみんなでバスに乗って、何時間か揺られて温泉ホテルに移動して、お風呂に入って宴会して、そのあとまた部屋で二次会して、なし崩し的にごろん。何人かはそのまま徹夜で麻雀。翌日はちょっとした観光ルートが組み込まれていますが、二日酔いと寝不足で足取りが重い。「旅行」というより、「場所を変えたハードな飲み会」です。

 しかし、こんなぐだぐだなところが昭和というか、いまとなっては懐かしい思い出なのです。

 なお、「社員旅行」と「慰安旅行」はあまり区別されないことが多いですが、厳密には違います。前者は、たとえば社員の親睦やコミュニケーションの活性化を図ったり、そういう目的で行われるものです。対して後者は企業の慰労、つまり日頃の頑張りに対する会社からのご褒美、レクリエーション活動です。なので慰安旅行は「全社員の50%が参加」「4泊5日以内」「一人当たり会社の負担額が10万円程度まで」といった要件を満たせば、福利厚生費として会社の経費に計上できます。

 バブル崩壊後20年で社員旅行は半減した

 観光庁の資料によると、企業における社員旅行の実施率は1994年には88.6%だったのが、2014年には46.0%まで減っています。バブル崩壊後、20年間でほぼ半減ですね。そういえば筆者の勤め先も、就職以来ずっとこの手の旅行がありましたが、2005年ごろになくなりました。

 就職した当時、土曜日は午後から休みでした。社員旅行は土曜日の午後に出発して日曜日に帰ってくるパターンなので、行き先は遠くてもバスで4時間、宿の夕食までに着ける距離でした。

 その頃は徐々に週休2日制が世の中に定着したころで、そうなると土曜日の朝から出られるのでもっと遠くまで行ける、社員旅行はもっと充実するとみんな漠然と考えていたように思います。旅行代理店などもそう予測したのか、職場の幹事にいろいろ営業をかけに来ていました。しかし、いざ週休2日になると、「土曜日の朝にわざわざ家を出て社員旅行に行くの面倒くさいよね」っていう考えからか、それほど盛り上がらなかったような気がします。終身雇用制が揺らぎ会社への忠誠心が薄らぎ、その結果社員旅行は衰退したのでしょうね。

 

 影響をもろに受けたのは、都心から適当な距離にあって栄えていた温泉地でした。たとえば首都圏では鬼怒川温泉や熱海、北陸では加賀温泉郷でしょうか。特に観光バスで乗り付ける団体旅行客をたくさん受け入れていた巨大な温泉旅館は、時代の変化に対応するのが難しかったのでしょう。一部では営業をやめた旅館もありました。また、そういう団体旅行が減ったことで、男女の営みについてさまざまな資料や動く人形などの装置を使いながらユーモラスに表現した「秘宝館」も、一時は全国各地に20館ほどあったといわれますが、現在は熱海秘宝館のみです。

 盛り上がった社員旅行とそれにまつわるあれやこれや。昭和の日にふと思い返してみました。

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