時は元禄15年12月14日、赤穂浪士47人が吉良邸に討ち入り、亡き主君のあだ討ちを果たした-。「忠臣蔵」で有名な江戸時代中期の元禄赤穂事件で、大石内蔵助が討ち入り前に閑居していたとされる岩屋寺(京都市山科区西野山桜ノ馬場町)に当時の住まいをイメージした古民家の模型がお目見えした。
赤穂藩家老だった内蔵助は藩が取りつぶしとなり、親戚を頼って同寺に移り住んだ。本懐を遂げるまでの約1年2カ月を過ごしたとされる。現在は旧宅跡と伝わる遺髪塚が残っている。
こうしたゆかりを知ってもらおうと、同寺の大須賀珠心住職が模型作りを思いついた。ただ旧宅に関する史料はほとんどなく、忠臣蔵にまつわる映画やテレビドラマで描かれた旧宅の様子などを参考に図面を起こした。製作は、古民家模型の展示施設「哀愁のふるさと館」(埼玉県秩父市)で館長を務める逸見雄一さんに依頼した。
模型の縁側には井戸があり、庭先にはサクラの木が植えられている。一方、室内は内蔵助が使っていたという文机などの調度品を精巧に再現。討ち入りに向けた隠居生活の一端をしのばせる。
披露式典が同寺でこのほど開かれ、事件を研究・顕彰する中央義士会(東京)の関係者らも出席した。大須賀住職は「内蔵助さんの生きざまや暮らしぶりをリアルに感じ取ってほしい」と話す。
模型は、内蔵助ゆかりの品々を集めた境内の記念館で公開している。拝観料500円。