今月、発生から6年を迎えた熊本地震。その被災地にある熊本市動植物園を訪れると「動物たちは本来、自然のなかで自由に生きる自立した存在です。“動物たちの意思を尊重する”“いのちに敬意をはらう”そんな気持ちを大切に-」という、大きな看板が目に飛び込んできます。そして「やさしいきもちをありがとう」という言葉も。そこには、地震からの復旧・復興を目指す中で、職員たちが再確認した動物園の役割への思いが込められていました。
同園は、熊本城の南東約5km、江津湖のほとりにあり、24.5haの園内に約120種・700頭の動物を飼育し、約800種・5万点の植物を栽培しています。この看板を設置した経緯について、副園長で獣医師の松本充史(あつし)さんに聞きました。
―看板はいつ設置したのですか?
「2年前です。何かを『しないで』とお願いするだけでなく、守ってもらうためには理由を理解する必要がある、動物園にいる野生動物の気持ちを考えてほしいと思いました。動物は見世物ではないことも認識してもらいたくて。実は、動物を大きな声で煽るという行為が一部で続きまして…」
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「展示場を見下ろす造りなので故意とは言えませんが、物が落ちることがあったり、休んでいても、プール遊びが見たいからと大声ではやし立てたり…。お願いの掲示をして、物が落ちないよう隙間は全部塞ぎました。地震の被害が大きかった猛獣舎では、檻をガラスに変え、より近くで観察できるようにしたのですが、大声で呼んだり、寝ているのを起こそうとガラスを叩いたり。そこで、『動物は休息する時間もある』という内容も入れました」
同園は2016年4月の大地震で獣舎や園路に大きな被害を受け、一部の動物は他園に一時避難し、全面休園が長期間続きました。松本さんは、「誰もいない中、動物園は本当に必要な場所なのか、莫大な費用をかけて復旧させるなら、人々がどういったことを感じる場であるべきか、考えました」。その答えをくれたのは、移動動物園で出かけた先の子どもたちでした。
「子どもたちの心の傷を癒やしたいと出かけましたが、動物を見るだけで子どもたちは目をキラキラさせ、これは何?どんな動物なの?なんで?と次々と話してきました。生きているものに感動する、興味を持つ、もっと知りたい、そういう気持ちになれることが、『生きていくということ』であり、地震の被害を乗り越えて次へ進むために必要なんだという思いが強くなりました」と松本さん。
「子どもも大人も、動物園で感じたことが心に残り、自然を守りたい、動物を守りたい、という考えが生まれ、行動する一歩目になる。その入り口が動物園だと。何をどう伝えるか、どう伝わるか、何を大切にしないといけないか。動物園で考えてほしいことがこの看板には込められています」と話します。
看板の絵は、園内の看板を担当するイラストレーターが手掛け、文面も、当時担当だった獣医師と一緒に、どういう言葉なら通じるだろうかと試行錯誤したそう。小さな子どもに対しても「大人の声掛け次第。動物への行動はもちろん、自分の自由にできないこと、我慢しなくてはいけないことがふだんの生活にもある」と松本さん。「動物を見て、かわいい、きれい、かっこいいと感じる、名前を呼んでみたくなる。それは自然なことですが、しつこく呼び続ける、一斉に大声で、というのは? そこまで考えが及ぶには社会が育っていかないと変わらないのでは」といい、こう問いかけます。
「肝心なのは相手を思いやる気持ち。例えば今のネット社会では言いっぱなしで自由なことが言えますが、何に対してでも『思いやり』が必要ではないでしょうか。動物園で、同じ地球に生きるものとして動物に対してどう行動するべきなのか考え、思いやりや尊敬の念を持つことは、社会を少しずつでも変えるきっかけになると思います」